商標登録出願をして特許庁に登録が認められると、晴れて商標権者となります。
これで、自社商標と類似する商標の他社による使用を防止でき、自社ブランドの保護を図ることができます。
しかし、せっかく商標登録していても商標権の行使が認められないことがあります。
今回は、商標権の行使が権利濫用であるとして侵害が認められなかった事例をご紹介します。
1、商標権侵害事件の概要
商標権者(X)Xは指定商品を「キーホルダー、おもちゃ等」とする「melonkuma」という登録商標を有していました。
一方、YYは「メロン熊」又は「メロンくま」という商標を用いて「ぬいぐるみ等」を販売していました。(このYが使用している「メロン熊」は「メロン熊」で検索すると出てくる、よく知られたあのキャラクターです。)
そこで、XがYによる商標の使用は自社の登録商標と同一または類似する商標の使用であり、商標権侵害が成立するとしてYを提訴したというものです。
2、Yの商標の成り立ちと使用の経緯
ア
Y代表者は、北海道夕張市内の観光物産店「北海道物産センター」の店長であったところ、地元の農産物や観光資源を活用した商品を開発し、需要者の好評を得ていたほか、東京などの百貨店にも、夕張市産の商品にちなんだ物産展を出店して、それらの認知度を高める活動をしていた。
イ
平成21年9月頃、Y代表者は、知人のメロン農家が熊(ヒグマ)の食害に困っているとの話から、メロンを食べ過ぎた熊の様子を想定した「メロン熊」という名称の、ヒグマが夕張市特産のメロンに顔を突っ込んだデザインで、牙を剥き出しにした本件キャラクターを着想し、これをかたどった商品(マグネット)を土産物として販売した。
この商品は、「きもかわいい」(気持ち悪いと可愛いの合成語)商品として、約2か月で1000個が売り切れる人気商品となり、平成22年4月頃には、マグネット以外にも、同キャラクターを使用したストラップやパズル、Tシャツなどの商品も販売(インターネット販売を含む。)するようになった。
ウ
平成22年9月までに、「メロン熊」の名称の本件キャラクターは、その着ぐるみがイベントに参加し、本件キャラクターを使用した商品が、全国展開のクレーンゲーム機の景品に採用され、また、第6回日本おみやげものアカデミーグランプリ「旅先でお土産として買ってみたい賞・非食品の部」の第1位となるなどした結果、同年末までには、全国的に周知、著名となり、顧客吸引力を獲得するに至った。
とりわけ、本件キャラクターは、子供が泣き出すほどリアルに熊をかたどった、かわいくないことを特徴としており、他の同種のキャラクターとの差別化に成功し、認知度を上げていた。
エ
その後も、Y代表者は、全国のいわゆる「ご当地キャラ」、「ゆるキャラ」に関する行事や、全国各地の百貨店で開催される北海道物産展等に本件キャラクターを参加させ、観光ガイドブックその他の媒体に本件キャラクターを登場させるなどして、本件キャラクターを、夕張市ないし北海道を代表するキャラクターとして、周知性、著名性を維持するべく活動している。
3、Xの登録商標の経緯と使用の状況
ア
Zは、平成18年6月2日設立された広告代理業等を目的とする株式会社であり、その代表者はP1であった。
X商標は、同社によって、平成19年6月11日出願され、平成20年1月18日に登録された。
イ
Xは、平成22年10月28日に設立された食品・食材・加工食品の企画立案及びプロデュース等を目的とする株式会社であり、その代表者は、P2(Zの代表者と同一人物)であった。
Xは、平成22年11月29日、Zから、X商標権の移転を受けた。
ウ
Yは、平成24年8月31日、X商標の取消審判を申し立てた(取消2012-300694)。
Xは、同審判手続において、平成23年12月10日に株式会社Aに対し、X商標権について通常実施権の許諾をした上、同社において「Melonkuma手焼きクッキー」などの商品を取引していた、あるいは、メロンクマぬいぐるみの商品をサンプル出荷した等と主張していた。
エ
Xは、平成25年7月31日、本件訴訟を当裁判所に提起した。
4、Xの登録商標についての取消審判の結果
X商標の商標登録取消審決特許庁審判官は、平成26年4月22日、X商標の商標登録を取り消す旨の審判をし、その理由として、前記3ウの審判の登録(平成24年9月26日)前3年以内に、日本国内において、X商標の指定商品中のクッキーについて、X提出の証拠によっては、X主張の「Melonkuma手焼きクッキー」なる商品そのものが流通段階で存在していたことすら確認できず、X商標ないしこれと社会通念上同一と認められる商標の使用をしたものと認めることが出来ず、ぬいぐるみやパンについては、その使用の事実を裏付ける証拠の提出はないと判断した。
5、以上の経緯を踏まえた上で、本件で商標権侵害が成立するかについての裁判所の判断
ア Y各商標の自他識別能力等
上記の認定によると、本件キャラクターは、Y代表者が考案したものであって、北海道夕張市を代表するものとして、遅くとも平成22年末頃には、そのキャラクター誕生にまつわるエピソードも含め、全国的に周知性、著名性を獲得したものと認められ、かつ、そのキャラクターが人気を博したことから、強い顧客吸引力を得たものと認められる。
そして、その周知性、著名性や顧客吸引力は、Y代表者の努力により、現在においても維持発展されていることも認められる。
これに伴い、片仮名の「メロン」と漢字の「熊」(平仮名の「くま」)を組み合わせてなる「メロン熊」(「メロンくま」)との標章(語句)も、本件キャラクターを指し示すものとして周知性、著名性を獲得し、したがって、本件キャラクター及びゴチック体調の「メロン熊」の標章(Y各標章に共通する部分となる標章)は、Yの扱う商品について高い自他識別能力を獲得したものというべきである。
イ Y各商標の使用態様
また、上記にみたとおり、本件ウェブサイトにおいても、Y各標章が、本件キャラクターとともに使用され、かつ、北海道夕張市に由来することを示す各種語句とともに使用されており、他人の商品役務との誤認混同が生じることのないような措置がされていると評価できる。
ウ X商標の自他識別能力
他方、X商標の出願は、平成19年6月にされてはいるが、その後、X商標の商標権者及び通常実施権者はもちろん、Y以外の第三者が、上記標章の著名性の獲得に至るまでに、果物のメロンと動物の熊を組み合わせた存在を、具体的なイメージとして考案したと認めるに足りる証拠はなく、また、現在までに、Y以外にそのような存在を使用した商品が流通したことを認めるに足りる証拠もない。
実際、X商標については、特許庁において、不使用を理由とする取消審判がされている。
そうすると、X商標から、「メロン」と「熊」がひとつに結合したものを観念することができたとしても、むしろ本件キャラクターを想起させてしまうことになる。
エ Xの権利行使が権利濫用であること
以上述べたところからすると、もともとY各標章には特段の自他識別能力がある一方、X商標は、登録後、少なくとも、流通におかれた商品に使用されてはおらず、X商標自体、Xの信用を化体するものでもなく、何らの顧客誘因力も有しているともいえない。そして、X商標とY各標章との間で出所を誤認混同するおそれは極めて低い。
それにもかかわらず、Xは、X商標権に基づき損害賠償請求をするものであるが、このような行為は、本件キャラクターが周知性、著名性を獲得し、強い顧客吸引力を得たことを奇貨として、本件の権利行使をするものというべきである。
また、前記で認定したX商標の登録取消審決に至る経過をみると、本件訴訟の提起自体が、上記審判に対する対抗手段として行われた疑いが強いというべきである。
以上によると、X商標とY各標章が誤認混同のおそれがあるとしても、Xによる権利行使は、商標法上の権利を濫用するものとして、許されないというべきである。
6、商標の使用を始める前に
今回のYはYからすればめでたく権利侵害は成立しないという判断をしてもらえました。
しかし、商標の使用をする前にきちんと先登録商標の調査を行っていれば、裁判までもめることなく済んだ話であろうとも思います。
類似商標が登録されていることがわかれば、その商標を変更し、類似商標が登録されていないのであれば、将来の紛争の芽を摘むためにも商標登録はきちんとしておくべきであると言えます。
7、商標登録できた後は
この事件では、Xは自社の商標について商標登録はしたけれど、実際に使用してはいませんでした。
そのような状況のもと、たまたま「メロン熊」が有名になったため、それを奇貨としてYを訴えたというように、少なくとも裁判所は判断したわけです。
このようなことが生じないためには、商標登録が済んだ商標を使い続けることが必要です。
せっかく取得した登録商標なのですから、ちゃんと使ってあげてください。
使用の継続こそが信用性、顧客吸引力を上げ、ブランド価値の向上につながるのですから。
もちろん市場の変化等で一時的にその商標の使用を断念することもあるでしょう。
しかしその時でも、将来的に当該商標をもう一度使用する気があるのであれば、不使用期間は3年以内にしてください。
さもないと取消審判を請求され、本件のXのような憂き目にあうことになるかもしれません。
登録商標は使用され続けてこそ価値がある。
これが商標の絶対的審理です。
この記事は大阪地判平成26年8月28日(平成25(ワ)7840)を元に執筆しています。