無事、商標登録がされても、登録後に無効とされることがあります。
無効とされる商標は剽窃的な商標などごくごく少数ですので、あまり心配することは無いのですが、起こりうることもあるということで、とある事例をご紹介します。
1、本件商標及び本件無効審判請求に至る経緯
ア
本件商標は,「漢検」の文字を縦書きに表してなる商標であり,その指定役務は,第41類「技芸・スポーツ又は知識の教授」である。
原告は,平成4年9月30日に本件商標の登録出願をし,平成7年12月26日に設定登録を受け,平成17年10月11日に存続期間の更新登録を受けた。
本件商標は,平成12年8月25日から平成17年12月26日までの間,専用使用権者を被告とする専用使用権(対価の額・無償)の設定登録がされた。
イ
D(原告の代表者)は,平成21年3月17日ころ,被告が所有する「漢検」に係る商標権を原告に移転登録することが可能か否かについて,弁理士に相談していた。
他方,被告は,平成21年6月1日付け「申入書」により,原告に対し,原告が所有する本件商標を含む45件の商標を,権利の取得・維持に要した実費相当額として,1346万3799円で譲渡するよう申し入れたが,拒否された。
ウ
本件商標を含む,「日本漢字能力検定協会」や「漢検」に係わる商標9件について,平成21年11月16日,原告からAらに移転登録された。その後,平成22年7月9日,原告と被告間の賃料仮払い仮処分命令申立事件(京都地裁平成22年(ヨ)第194号)において和解が成立し,本件商標を含む上記9件の商標は,同和解に基づき,同月26日にAらから原告に再度移転登録がされた。なお,Bは,上記新聞報道等がされた後に結成された「Dを支援する会」の創設者であり,Aは同会の設立趣旨に賛同する者である。
エ
被告は,平成22年3月31日,特許庁に対し,本件商標登録の無効審判を請求した。
オ
原告は,平成23年1月17日付け内容証明郵便により,被告に対し,原告が著作権を有する書籍の販売中止,及び原告が所有する本件商標を含む3件の商標の使用中止を求める通知をした。さらに,原告は,平成23年3月17日,被告に対し,原告が所有する本件商標を含む3件の商標の使用差止請求訴訟を提起した(大阪地方裁判所平成23年(ワ)第3460号)。
カ
原告は,本件無効審判請求に係る第1回口頭審尋(平成23年10月11日実施)において,Aらからは1000万円を借り入れただけであり,平成22年6月30日付け答弁書において主張した「原告に対する共同出資者であり」との主張は撤回すること,被告が譲渡を申し入れている商標権については,今後,漢字検定事業を再開する構想もあるので,被告への譲渡は考えていないこと,などを陳述した。
2、商標登録を無効とするか否かについての判断
(1)
上記認定事実によれば,「日本漢字能力検定」は,もともと原告によって創設され,その内部機関である旧協会によって実施されていたものであるが,原告の代表取締役であったD自身が設立代表者となって,公益法人である被告が設立され,その後,被告が「日本漢字能力検定」の実施の主体となったこと,「日本漢字能力検定」は,被告設立と共に,文部省(現・文部科学省)の認定(民間技能審査事業認定制度廃止後は後援)を受け,公的資格と見なされるようになったことなどから,志願者数が急増し,平成5年度には約24万人,平成9年度には約106万人,平成14年度には約204万人,平成20年度には約289万人に達し,我が国有数の検定試験になったことが認められる。
また,「日本漢字能力検定」の志願者が増加するのに伴い,被告の名称の一部である「日本漢字能力検定協会」や,「日本漢字能力検定」の略称である「漢検」は,被告ないし被告の提供する役務を表すものとして,社会一般に広く知れ渡っているものと認められる。
他方,原告は,被告設立後,「日本漢字能力検定」の主体ではなくなっていたにもかかわらず,平成12年ころまで,被告の名称や「日本漢字能力検定」に係わる商標(本件商標を含む。)を出願し,その後も,被告名義で出願した商標について出願名義人を原告に変更するなどして,商標権者となっていたことが認められる(なお,平成18年ころまで,原告の内部組織である振興会が,小学校1年ないし3年生を対象とした漢字能力検定の主催者とされていたことは認められるものの,乙1,3【6,7頁】,11によれば,実際に上記検定に係る業務を行っていたのは被告の職員であり,振興会は名目上の主催者にすぎなかったものといえる。)。
上記のとおり,被告は,文部大臣(当時)による許可を受けて設立された公益法人であり,文部省(現・文部科学省)の認定ないし後援を受けて「日本漢字能力検定」を実施していたのであるから,これに係わる商標の登録出願も自ら行うべきものであったといえる。
にもかかわらず,当時原告の代表取締役であり,被告の理事長でもあったDは,被告理事会の承認等を得ることなく,本件商標を含む,被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標を,原告名義で出願したり,出願人名義を被告から原告に変更するなどしていたものであって,そのこと自体,著しく妥当性を欠き,社会公共の利益を害すると評価する余地もある(この点,原告は,被告の資産が乏しかったため,原告名義で上記商標登録出願をしたと主張するが,上記のとおり,被告設立当時,既に「日本漢字能力検定」は相当数の受検者がおり,受検料等による収入が見込まれていたこと,Dは,被告設立直後のみならず,平成12年ころまで,被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標を原告名義で出願し続けていたことなどからすれば,上記主張は採用することができない。
また,被告の名称や「日本漢字能力検定」に係わる商標権自体が,相当な財産的価値を有するものといえるから,原告が被告に対して無償の商標使用を許諾していたことや,商標権の取得・維持費用を負担していたことがあるとしても,そのことをもって,上記行為を正当化することはできない。)。このような経緯に加えて,Dは,被告に対して文部科学省による行政指導がなされ,新聞報道等で被告と原告関連4社との利益相反取引等が糾弾され,Eと共に背任罪で起訴された上,被告から多額の損害賠償請求訴訟が提起された後,本件商標の登録名義を原告からAらに移転したり,被告に対して本件商標等の使用差止請求訴訟を提起したりするに至ったものである。
さらに,DないしEは,本件商標等について,権利の取得・維持の実費相当額での被告への譲渡を拒み,これらを原告自ら使用する可能性に言及するなどしている。
上記事情に照らすと,原告の前代表取締役D及び現代表取締役Eは,商標権者等の業務上の信用の維持や需要者の利益保護という商標法の目的に反して,自らの保身を図るため,原告が有する被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標を利用しているにすぎず,原告が,本件商標を指定役務について使用することは,被告による「日本漢字能力検定」の実施及びその受検者に対し,混乱を生じさせるものであり,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,社会公共の利益を害するというべきである。
(2) 原告の主張について
これに対し,原告は,本件商標をAらに譲渡したのは,Aらからの借入金の担保のためであるし,審理終結通知時には原告に再び移転登録がされている,商標権者が侵害者に対して権利行使ができることは当然である,被告に対する本件商標の譲渡を一切拒絶するものではないし,検定事業等は私的な経済活動にすぎないとして,本件商標に後発的無効事由としての公序良俗違反はない,と主張する。
しかし,原告の上記主張は,失当である。
すなわち,原告とAらとの間の本件商標の譲渡契約は,原告から買戻しの申入れがあった場合,Aらは,原告からの譲渡代金の返済の有無にかかわらず,直ちに名義変更に応ずるというものであり,債権担保としては不可解なものである上,実際,別件保全事件の和解条項に基づき,速やかに原告に名義変更がされていること,Bは,Dを援護するため,「Dを支援する会」を創設した者であり,Aもこれに賛同する者であること,原告は,本件無効審判請求に係る審理において,上記譲渡に関し,当初,Aらを「原告に対する共同出資者である」などと現在とは異なる主張をしていたことなどに照らすと,上記譲渡が借入金の担保目的にすぎないとの原告の主張は,措信し難い。
むしろ,上記譲渡は,上記事実に加えて,原告らに対する上記損害賠償等請求訴訟が提起された直後に(甲86によれば平成21年10月付け)行われたものであることを考慮すると,被告による差押え等を免れるためになされたものと推認され,原告に本件商標の登録名義があることが社会通念上妥当性を欠くことを基礎づける事情といえる。
なお,審理終結通知前に本件商標の登録名義が原告に戻されたとしても,原告が再度,本件商標を第三者に譲渡するおそれが否定されるものではなく,これをもって,上記判断を覆すことはできない。
また,上記のとおり,不当な方法で本件商標の登録名義人となった原告が,その権利に基づき,被告に対し,商標使用差止請求等をすることは,権利の濫用に当たる上,被告による「日本漢字能力検定」の実施及びその受検者に対し,混乱を生じさせるものといえる。
さらに,上記のとおり,被告は,文部省(現・文部科学省)による許可を受けて設立された公益法人であること,「日本漢字能力検定」は,長年にわたり,同省による認定ないし後援を受けて公的資格と見なされるようになったものであり,これにより多数の受検者を獲得し,我が国有数の検定試験となっていることに照らすと,被告及び「日本漢字能力検定」に係わる商標の帰属に関することが,単なる私人間の経済活動にすぎないということはできない。
(3) 小括
以上によれば,原告の上記主張は失当であって,本件商標は,商標登録後に,商標法4条1項7号に該当するものとなったと認められる。
3、これから商標登録する際に
この事件では、もともとの団体の設立者が登録していた商標を、当該団体が公的な性格を有するに至ったにもかかわらず、自己が支配する会社名義で団体の商標とすべきものを登録していたという稀なケースで商標登録の無効が争われました。
通常は、このようなことが生じるのは考えにくいのですが、ライセンサーとライセンシーの間での商標の取り扱い(通常はライセンシーが商標登録すると思いますが)などでも問題になりえます。
とはいえ、公序良俗は時代時代で変化することもあり、なかなか判断が難しいところです。
次回は、今回とは反対に、無効ではなく登録の継続が認められた事例についてご紹介します。
次回記事
続・当初問題なく登録された商標が後々無効とされた事例~「数検」事件~
この記事は知財高判平成24年11月15日(平成24(行ケ)10065)を元に執筆しました。