ある商標が既に登録されていたとして、その商標が自社のものであると主張する場合は、商標登録の無効を主張することが考えられます。
その際に使用する手続きが商標登録無効審判です。

この無効審判は、ある登録商標が法律で定められたいくつかの無効理由に該当しているのではと考える場合に請求することができます。
ただし、同じ理由で何回も請求できるわけではありません。
同じ理由で何回も無効審判を請求されると、商標権者の対応負担が重すぎますし、特許庁としても同じ案件を繰り返し判断しなければならなくなるからです。
このことは法律上、商標法56条で引用する特許法167条で定められています。
(審決の効力)
第百六十七条  特許無効審判又は延長登録無効審判の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。

したがって、無効にしたい商標が存在して、無効審判を請求するときは、一度の無効審判で決着させる必要があります。

では、一度請求した審判と同一のものとして審判請求自体を拒否される「同一の事実及び同一の証拠に基づいて」とはどのような場合をいうのか。
今回ご紹介する裁判例は、「同一の事実及び同一の証拠に基づいて」の解釈が争われた事例です。

1、商標登録無効審判から本裁判に至るまでの概要

(1)問題となっと登録商標

原告は,欧文字の「KAMUI」の標準文字からなる商標を登録商標(以下「本件商標」という。)とし,指定商品を第28類「運動用具」とする商標(登録第5142685号。平成19年4月23日出願,平成20年6月20日登録,以下「本件商標登録」という。)の商標権者である

(2)第1次無効審判

この登録商標について、平成21年7月2日に被告により無効審判が請求されました。
その理由は次のようなものです。

ア 商標法4条1項10号該当性に係る主張の骨子

被告は,平成9年ころから,被告の関連会社である有限会社カムイ(以下「カムイ社」という。)を介し,別紙前審判引用商標目録記載の商標(以下「前審判引用商標」という。)を使用してゴルフクラブの販売をし(以下,被告の製造,販売に係るゴルフクラブを「被告ゴルフクラブ」という。),前審判引用商標は,遅くとも本件商標登録の出願時には,被告がゴルフクラブに使用する商標として,日本国内の取引者・需要者に広く認識され,その状態は本件商標の登録査定時においても継続していた。
本件商標は前審判引用商標と類似しており,本件商標の指定商品は前審判引用商標が使用されているゴルフクラブと類似する。

イ 前審判引用商標が周知であることの具体的な主張

被告が,前審判引用商標が周知であるとする具体的な主張は,以下のとおりである(判決注 「広く認識されていること」を便宜「周知」と表記する。)。
すなわち,①平成13年頃から,前審判引用商標を付した被告ゴルフクラブ等のゴルフ用品の紹介記事がゴルフ関連の著名な専門誌等に掲載された,②前審判引用商標を付した被告ゴルフクラブは,雑誌「月刊ゴルフ用品界」において,ウッドベスト5に常連としてランクインした,③前審判引用商標を付した被告ゴルフクラブは172名ものプロゴルファーに愛用され,「ゴルフダイジェスト ドラコン日本選手権」の優勝者や上位入賞者にも愛用された,④被告とカムイ社は「ゴルフダイジェスト ドラコン日本選手権」の協賛企業であり,雑誌にオフィシャルスポンサーとして紹介され,当該記事に前審判引用商標が付された被告ゴルフクラブが掲載されていた,⑤前審判引用商標の付された被告ゴルフクラブは,平成13年から平成14年にかけて年間1万本以上が販売され,その後販売数は減少したが,多くのゴルフクラブが販売され,その年間販売金額は平成13年,平成14年で10億円以上,その後も数億円に上り,上記販売実績は,「2009年版ゴルフ産業白書」にウッドクラブの国内出荷金額上位24社に掲載されている他社より上回ったことについて主張した。

当該無効審判では、次のように被告の請求は認められませんでした。

前審判引用商標は,本件商標の登録出願時以前から,被告の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内の需要者の間に広く認識されていたとは認められず,本件商標は商標法4条1項10号に該当しないと判断し,請求不成立の審決(前審決)をした。
なお,本件商標は,同項19号に該当しないとの判断も示し、同審決は,同年6月10日確定した。

(3)第2次無効審判

(一) 無効審判の経緯

被告は,平成25年1月28日,本件商標は,商標法4条1項10号に該当すると主張して,無効審判(無効2013-890005号事件。以下「本件審判」という。)を請求した(なお,同項7号への該当性も無効理由として主張した。)。
特許庁は,同年7月5日,「登録第5142685号の登録を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月16日,原告に送達された。

(二) 本件審判における商標法4条1項10号該当性に係る被告の主張等

本件審判における本件商標が商標法4条1項10号に該当するとの被告の主張等の概要は,以下のとおりである。

ア 商標法4条1項10号該当性に係る主張の骨子

被告は,平成8年以前から,ゴルフクラブについて「KAMUI」の文字単体からなる商標又は「K∧MUI」の文字単体からなる商標(以下,上記2つの商標を併せて「『KAMUI』単体商標」という。)並びに「KAMUIPRO」,「TYPHOONPRO」及び「KAMUI TYPHOONPRO」の各文字からなる商標(以下,「KAMUI」単体商標と上記3つの商標を併せて「『KAMUI』単体商標等」という。)の使用を開始し,取り扱う全てのゴルフクラブに「KAMUI」単体商標等を付しており,「KAMUI」単体商標は,ゴルフ用品の需要者間に広く知られていた。

イ 「KAMUI」単体商標が周知であることの具体的な主張

被告が,「KAMUI」単体商標が周知であるとする具体的な主張は,以下のとおりである。
すなわち,①「KAMUI」単体商標等を付した被告ゴルフクラブの紹介記事が雑誌等に掲載された,②被告は,雑誌「ゴルフ用品界」に定期的に広告を出し,また,同雑誌において,「KAMUI」単体商標等を付した被告ゴルフクラブがウッドベスト5に常連としてランクインしていた,③被告ゴルフクラブは多数のプロゴルファーに使用されていた,④被告は「ゴルフダイジェスト ドラコン日本選手権」の協賛企業であり,パンフレット等に協賛会社として記載され,「K∧MUI」の文字とくさび形図形を組み合わせた商標(以下「『K∧MUI+くさび図形』商標」という。)が広告宣伝された,⑤被告ゴルフクラブの売上本数は,平成13年及び平成14年には年間1万本を超え,それ以降も売れ行きは好調であり,被告ゴルフクラブの販売会社であるカムイ社の平成15年度から平成18年度の売上げは,年間約1億2000万円から約2億円であったことを主張した。

(三)本件審決の理由

本件審決の内容は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は以下のとおりである。

(A) いわゆる一事不再理について

ア 前審判は,商標法4条1項10号及び19号違反の事実に基づき,本件商標登録を無効にすることを求めて審判請求をしたものであるのに対し,本件審判は,同項7号又は10号違反の事実に基づき,本件商標登録を無効にすることを求めて審判請求をしたものであるから,前審判と本件審判とは,同一の事実に基づいて審判請求をしたものでない。
イ 前審判と本件審判とでは,「KAMUI」単体商標の周知性に係る証拠のうち,被告ゴルフクラブの販売実績数のデータ,雑誌は同一であるが,①「使用プロ一覧」と題する書面(以下「使用プロ一覧表」という。)の記載内容が異なること,②カタログの発行年度が異なることから,同一の証拠ではなく,また,③本件審判における決算報告書は,前審判で主張した販売額を裏付けるためのものとして提出されたものであって,単なる補強証拠とはいえない。
ウ したがって,本件審判請求は,商標法56条1項で準用する特許法167条に規定された「一事不再理」に違反してされたものと認めることはできない。

(B) 商標法4条1項10号該当性について

「K∧MUI+くさび図形」商標及び「KAMUI」単体商標は,本件商標が登録出願された平成19年4月23日の時点で,被告ゴルフクラブ及びその関連用品であるキャディバックを表示するものとして,ゴルフ関連の商品分野の需要者の間に広く認識されていたと認められ,その周知性は,本件商標の登録査定時(平成20年6月2日)においても継続していたと推認することができる。
本件商標は,「K∧MUI+くさび図形」商標及び「KAMUI」単体商標と全体として類似する。
したがって,本件商標は,商標法4条1項10号に該当する。
なお,本件審決は,同項7号については,その該当性を否定した。

このように、第1次無効審判と、第2次無効審判とでは判断が分かれたのですが、原告からすると第2次無効審判は第1次の蒸し返しではないかと主張したくなるのも分かります。
そこで、裁判所に特許庁の第2次無効審判についての判断の取り消しをもとめたのが本事件です。

 

2、一事不再理効についての裁判所の判断

当裁判所は,本件審判請求のうち商標法4条1項10号違反を理由とする請求については,前審決の確定効に反するものとして許されないというべきであり,本件審決には誤りがあると判断する。
その理由は,以下のとおりである。

A、審決の確定効についての判断の誤り(取消事由1)について

(1) 審決の確定効について

商標法56条1項が準用する特許法167条は,「特許無効審判・・・の審決が確定したときは,当事者及び参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない」旨規定する同条は,当事者(参加人を含む。)の提出に係る主張及び証拠等に基づいて判断をした審決が確定した場合には,当事者が同一事項に係る主張及び立証をすることにより,確定審決と矛盾する判断を求めることは許されず,また,審判体も確定審決と矛盾する判断をすることはできない旨を規定したものである。同条が設けられた趣旨は,①同一事項に係る主張及び証拠に基づく矛盾する複数の確定審決が発生することを防止すること,②無効審判請求等の濫用を防止すること,③権利者の被る無効審判手続等に対応する煩雑さを回避すること,④紛争の一回的な解決を図ること等にあると解される。
そうすると,無効審判請求においては,「同一の事実」とは,同一の無効理由に係る主張事実を指し,「同一の証拠」とは,当該主張事実を根拠づけるための実質的に同一の証拠を指すものと解するのが相当である。
そして,同一の事実(同一の立証命題)を根拠づけるための証拠である以上,証拠方法が相違することは,直ちには,証拠の実質的同一性を否定する理由にはならないと解すべきである。
このような理解は,平成23年法律第63号による特許法167条の改正により,確定審決の第三者効を廃止することとし,他方で当事者間(参加人を含む。)においては,紛争の一回的解決を実現させた趣旨に,最も良く合致するものというべきである。

(2) 事実認定---本件審判請求に至るまでの経緯

―省略(上記「2」参照)―

(3) 判断
ア 同一事実について

本件商標が商標法4条1項10号に該当するとの事項についての被告の主張事実は,被告が使用する商標は,本件商標登録の出願時には,被告がゴルフクラブに使用する商標として,日本国内の取引者・需要者に広く認識されており,その状態は本件商標の登録査定時においても継続していること,本件商標は被告が使用する商標と類似すること,本件商標の指定商品は被告の商標が使用されているゴルフクラブと類似することであり,その主張事実は,前審判及び本件審判において同一であると評価できる。
なお,本件審判では,周知であるとの被告の主張に係る商標が,以下の①ないし③のいずれであるか必ずしも明確ではない。
①「KAMUI」単体商標のみ
②「KAMUI」単体商標及び「K∧MUI+くさび図形」商標
③①又は②に「KAMUIPRO」,「TYPHOONPRO」及び「KAMUITYPHOONPRO」の各文字からなる商標を含む
しかし,本件審判において被告が周知であると主張する商標が上記のいずれであっても,それらは,前審判において判断の対象とした商標に含まれるというべきである。
すなわち①「KAMUI」単体商標は,前審判における別紙前審判引用商標目録1,2及び4記載の商標に含まれる。
②「K∧MUI+くさび図形」商標は,前審判における別紙前審判引用商標目録4記載の商標に図形を付加した商標である。
③「KAMUIPRO」及び「KAMUI TYPHOONPRO」の各文字からなる商標について原告が周知であると主張する部分は,いずれも「KAMUI」部分であると合理的に解される(「TYPHOONPRO」の文字からなる商標は,本件審決の判断の当否に直接関連するものではない。)。
以上によれば,前審判と本件審判とでは,被告が周知性を有すると主張する被告使用の商標は,互いに同一と評価できる。
(なお,本件審決は,前審判における無効理由が商標法4条1項10号及び19号該当性であるのに対して,本件審判における無効理由が同項7号又は10号該当性であるから,前審判と本件審判とは「同一の事実」に基づく審判請求ではないと判断する。しかし,同項10号所定の無効理由の存否について判断した審決が確定した後に,それと異なる無効理由を追加さえすれば,同項10号所定の無効理由の存否について判断した審決の確定効がなくなると解する審決の判断が,誤った理解に基づくことは明らかである。)

イ 同一証拠について

前記のとおり,前審判と本件審判とでは,被告が使用する商標の周知性を裏付ける主張事実は,ほとんど同一であり,周知性を立証するための証拠は,そのほとんどが同一である。
なお,本件審判では,前審判とは異なり,「被告の2000年版商品カタログ」,「カムイ社の出荷明細」,「カムイ社の平成15年度ないし平成18年度の決算報告書」,「使用プロ一覧表」が,証拠として提出されている。
そこで,上記各証拠の性質につき,念のため検討する(なお,本件審判で新たに提出された上記以の証拠は,商標法4条1項10号該当性に関連するものではない。)。
(ア) 「被告の2000年版商品カタログ」
前審判において,被告は,他のカタログを提出したが,前審決において,提出に係る当該カタログは作成年月日が確認できないとされたことから,本件審判において,作成年月日の確認ができるカタログを提出したと解される。
(イ) 「カムイ社の出荷明細及び決算報告書」
前審判において,被告は,カムイ社が販売した被告ゴルフクラブの本数の表を提出したが,前審決において,販売数の裏付けがないことなどから同表に記載された本数が採用されなかったため,本件審判において,同表の信憑性を裏付けるために提出された証拠と解される。
(ウ) 「使用プロ一覧表」
前審判において,被告は,使用プロ一覧表を提出したが,本件審判において,その形式を変更し,被告ゴルフクラブを使用するプロゴルファーの氏名等を追加記載したものを証拠として提出したと解される。
上記によれば,本件審判で提出された上記各証拠は,前審決における被告の主張を排斥した判断に対し,同判断を蒸し返す趣旨で提出された証拠の範囲を超えるものではない。

ウ 小括

以上によると,前審判と本件審判とでは,商標法4条1項10号違反の根拠として主張されている事実において同一であり,また,これを立証するために提出された証拠も実質的に同一であると評価できる。
したがって,本件審判における本件商標が同項10号に該当することを理由とする無効審判請求は,前審決の確定効に反するものとして許されないというべきである。
本件商標が同項10号に該当するとして本件商標登録が無効であるとした本件審決には,上記の点における誤りがある。
なお,被告は,本件商標が同項7号に該当しないとした審決の判断に対して誤りがある旨を指摘する。
しかし,この点については取消事由とされておらず,判断しない。

B、結論

以上によると,原告主張の取消事由1には理由があり,その余の点を判断するまでもなく,審決にはその結論に影響を及ぼす誤りがある。よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

3、これから商標登録無効審判をお考えの際には

このように、提出する証拠を表層上取り繕ったとしても、実質的に主張、立証の内容が同じであれば一事不再理効に抵触する「「同一の事実及び同一の証拠に基づいて」に該当することが示されました。
無効審判を請求する際には、一発勝負が原則であることを肝に銘じて取り組む必要があり、じっくり証拠収集に励んでから審判請求に挑むことが必要でしょう。

 

 

この記事は知財高判平成26年3月13日(平成25(行ケ)10226)を元に執筆しました。