商標を選択する際に最も重視されるのは商標の魅力、すなわちいかに消費者に向けてその商品やサービスをアピールできて、お客さんを獲得できるかという商標の顧客誘引力です。
例えば、「鼻セレブ」というティシュがありますが、もともと別の名称で販売されていたときは売り上げが伸び悩んでいたそうです。
しかし、商品名を変えることで、中身は同じであるのに得る上げが激増しました。
このように、魅力ある商標とは顧客誘引力に優れている商標です。
ただし、魅力ある商標を作ることは並大抵のことではありません。
そこで既存の名称等の好印象のイメージを借りることが良く行われます。

今回紹介するのは、菓子等を指定商品とする「御用邸」という登録商標にまつわる事件です。

一、商標登録の無効審決に至るまでの事件の概要

Xは菓子等を指定商品とする「御用邸」という登録商標を有していました。
Yが自社で販売する菓子に「御用邸の月」という名称を付けて販売したため、Xは自社の商標権を侵害するものであるとして訴えを提起しました。
そこで、訴えを起されたYは、そもそもXの登録商標は公序良俗に反するとして無効を求める審判を特許庁に請求しました。

二、商標登録無効審判に対する特許庁の判断

特許庁は、次のように判示して「御用邸」の登録商標を無効とする判断をしました。
「御用邸」は,皇室の別荘として,かつては,関東地方を中心に,日本各地に10数か所存在していたが,現在は,那須御用邸,須崎御用邸及び葉山御用邸の3か所をいい,これらは,昭和23年7月1日に施行された国有財産法に基づいて,皇室の用に供する国有財産のうちの皇室用財産として,国(宮内庁)が管理することが定められている。
また,かつての御用邸であったものは,現在では,記念公園といった観光地や私的又は公的施設等となっており,それら施設の名称は,所在地名に「御用邸」の文字のみを付加した名称(例えば,「沼津御用邸」等)は使用されておらず,これらの文字に「記念公園」の文字を付加した名称(例えば,「沼津御用邸記念公園」等)又は「御用邸」の文字を全く含まない名称が使用されている(ただし,「旧塩原御用邸」のように,かつて存在した御用邸の名称に「旧」の文字を付加した呼び名もある。
そして,「御用邸」は,天皇や皇族が年に数回,静養を兼ねて避暑や避寒に訪れる皇室の別荘を意味するものとして,本件商標の登録査定時前から我が国の国民の間に深く浸透しており,単に「御用邸」という場合は,その有する意味からしても,また,法律上の見地からしても,現存する那須御用邸,須崎御用邸及び葉山御用邸の3か所の御用邸を総称し,また,国民一般においても,そのように認識されているものと判断するのが相当である。
そうとすると,皇室と何らの関係を有しない者と認められる本件商標の商標権者(以下「本件商標権者」という。)が,皇室の用に供する国有財産のうち皇室用財産に属するものとして国が管理するものであって,我が国の国民の間においても,皇室の別荘として広く認識されている「御用邸」と同一の文字よりなる本件商標を,専ら自己の業務(利益)のために利用する意図をもってその指定商品について独占使用することは,皇室の尊厳を損ねるばかりか,国民一般の不快感や反発を招くものであり,穏当ではない。
してみれば,本件商標は,その登録査定時(平成7年11月16日)において既に,その指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものである場合に該当する商標であったというべきである。
したがって,本件商標の登録は,7号に違反してされたものである。

Xは自社の登録商標を無効にされては困ります。
そこで、この特許庁の判断を誤りであり、登録を維持すべきだとして特許庁の判断の取消しを求めて出訴したのが今回の裁判です。

三、商標登録の無効についての知的財産高等裁判所での判断

弁論の全趣旨によれば,「御用邸」とは皇室の別邸を意味し,天皇又は皇族の静養等に用いられるもので,現在,那須御用邸,葉山御用邸,須崎御用邸の3つがあること,御用邸は国有財産であって,行政財産のうち皇室用財産に属し,宮内庁が管理するものであることが認められる。
「御用邸」が皇室の別邸であることは広く知られており,「御用邸」の文字には,皇室と関係があるかのように感じさせる効果があり,顧客誘因力がある。そうすると,皇室と何らの関係もない者が,自己の業務のために指定商品について「御用邸」の文字を独占使用することは,皇室の尊厳を損ね,国民一般の不快感や反発を招くものであり,相当ではない。
このことは,本件商標の登録査定時である平成7年11月16日においても,現在でも同様である。
したがって,本件商標は,その登録査定時において既に,指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものであったと認めることかできる。
そうすると,本件商標は,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であり,その登録は,7号に違反してされたものであるから,商標法46条1項1号により登録を無効とした審決に誤りはない。
原告は,一般国民は「御用邸」が「皇室の別荘」と理解しても,それが現存する三つの御用邸の総称とまでの理解はないと主張するが,「御用邸」が皇室の別邸を意味することは広く知られていて誰でもが理解することであるから,理由がない。
原告は,他にも「御用邸」の文字からなる商標や「御用邸」の文字を含む商標が登録されていること,「御所」の文字からなる商標や「御所」の文字を含む商標が登録されていることを主張するが,それらの商標登録に瑕疵があるか否かは,本件の判断とは別論であるから,理由がない。
原告は,原告が経営する株式会社庫やでは,本件商標を用いて永年に亘りチーズケーキ等を製造販売し,那須土産として相当数の販売量を誇る人気商品となって,メディアでも取り上げられているが,皇室の尊厳を損ねる等のクレームを受けたことがないと主張するが,原告が指定商品について「御用邸」の文字を独占していることが国民一般に知られているとはいえないし,そもそもその独占自体が相当でないから,理由がない。
よって,取消事由2には理由がない。
以上によれば,原告主張の取消事由にはいずれも理由がない。

四、これから商標登録する際に

「御用邸」は高級感も醸し出されて、いい商標だったのでしょう。
判決も「御用邸」が皇室の別邸であることは広く知られており,「御用邸」の文字には,皇室と関係があるかのように感じさせる効果があり,顧客誘因力がある。」と指摘しています。
しかし、だからといって、1社が独占することは社会的に許されないと考えられたのでしょう。
判決は上記部分に続いて「そうすると,皇室と何らの関係もない者が,自己の業務のために指定商品について「御用邸」の文字を独占使用することは,皇室の尊厳を損ね,国民一般の不快感や反発を招くものであり,相当ではない。」と判示します。
魅力的な商標を考えるのは確かに骨が折れる作業です。
しかし、ここで労を惜しむべきではないでしょう。
良い商標を自ら考え、それを育て上げていくことがブランド構築の王道といえるのではないでしょうか。

 

 

この記事は、知財高判平成25年5月30日(平成25(行ケ)10028)を元に執筆しています。

また上記判決に対しては上告・上告受理申し立てが行われています。