自社のオリジナルキャラクターを商標登録することには、何の問題もありません。では、そうではない場合、すなわち他社の創造したキャラクターを商標登録することはできるのでしょうか。

もちろん、①商標登録をしようとする出願人が不正な目的で他者のキャラクターを商標登録しようとしたり、②当該キャラクターが商標登録を受けようとする指定商品(例えば「おもちゃ」等)に関して著名と判断されたりすれば登録を受けることはかないません。

しかし、上記の①や②の様に出願人に不正の目的が無かったり、指定商品との関係では著名とは言えなかったりした場合は商標登録できるのでしょうか。

このようなことが争われたのが、今回ご紹介する「ターザン事件」です。

1.商標登録の無効請求事件の概要

商標登録の無効を求められて訴えを提起されたのは指定商品を「プラスチック加工機械器具,プラスチック成形機用自動取出ロボット,チャック(機械部品)」とする「ターザン」の語からなる登録商標を有するY(被告)です。
そして、訴えを提起したのはアメリカにおいて「ターザン」の著作権管理等を行っている団体X(原告)です。
Xは次のように主張してYの登録商標を無効にすべきであると訴えました。
「被告は,本件商標の登録査定時,「ターザン」が小説・映画等の登場人物の著名な名称であり,アメリカの象徴ともいえる世界的に著名なキャラクターであることを認識していたにもかかわらず,「ターザン」の語を商標権によって永久に独占する目的で本件商標登録を得たと推認されるところ,かかる行為は国際信義に反し許されず,また,被告は,本件商標の登録査定時,「ターザン」という語には,原告らの努力によって標章としての多大な経済的価値が化体していたことも認識していたにもかかわらず,原告らに無断で,「ターザン」の語を商標権によって永久に独占する目的で本件商標登録を得たと推認されるところ,かかる行為は,取引秩序の公正をも乱すものであり許されず,本件商標は,公の秩序又は善良の風俗を害する商標である」

これに対してYは次のように主張してXの訴えを退けるように求めました。(実際にはもっと多くの主張を行っていますが、この記事では一部を取り上げるに留めます。)
「(1) 原告は,甲5~9,甲12等により小説「ターザン」シリーズとして出版された題名を列記し,標章「ターザン」が広く知られていることを立証しようとする。
しかし,甲5~9は,いずれも小説「ターザン」シリーズの作者がエドガー・ライス・バローズであることやその経歴等を示すに止まるし,甲12は,小説「ターザン」シリーズの題名と出版年を示すに止まる上,最新として出版された小説は,1965年から30年を経過した1995年(本件商標の登録査定時から15年前)で,日本においては翻訳未出版である。
標章「ターザン」が我が国において広く知られているとは認められない。
(2) 小説「ターザン」シリーズの作者であるエドガー・ライス・バローズは1950年に死亡しており,著作権の存続期間を死後50年とする日本の著作権法においては,基本的な著作権が消滅している。
しかも,我が国においては,著作物の題名や登場人物の名前は,著作物から独立した著作物性を持ち得ず,原著作物の複製とはいえないと解されているのであるから,標章「ターザン」は,何人も商標として自由に選択可能で商標登録可能な標章である。
実際,「ハムレット」,「ドンキホーテ」,「老人と海」,「若草物語」,「風と共に去りぬ」,「白雪姫」,「アンデルセン物語」,「はだかの王様」等のように世界的に著名な著作物の原作又は邦訳の題号や,「たけくらべ」,「坊ちゃん」,「伊豆の踊子」等のように我が国で著名な著作物の題号が商標として多数登録されている。」

2.「ターザン」の商標登録の無効に関する裁判所の判断

一、取消事由1(周知性に関する認定の誤り)について

―中略:テレビ放映の頻度や、ビデオやDVDの販売状況等を認定して―
ディズニー社からターザンとタイアップした各種商品・役務を継続的に提供されていることを考慮しても,1970年代以降,日本における「ターザン」人気は次第に薄れていき,ディズニー社によるアニメ映画がヒットした1999年(平成11年)から10年以上が経過した本件商標の登録査定時(平成22年7月6日)の時点において,「ターザン」の原作小説又はその派生作品やタイアップ商品等が広く人々の目に触れる機会は減少していたものと認められる。
我が国において本件商標登録査定時に「ターザン」の語から想起されるのは,世代による差もあると解されるものの,雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)の姿という漠然としたイメージであり,熱心な愛好者や研究者は別として,「ターザン」が,米国の作家であるバローズによる小説「ターザン・シリーズ」の題号又はその主人公であることや,英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ,成長してジャングルの王者として君臨するようになった人物という具体的な人物像(特徴や個性)を想起させるものとしてまでは,一般的であったということができない。
審決が「今日における我が国の需要者においては,『ターザン』がジャングルの王者という漠然としたイメージのものとして一定程度認識されているとはいえても,それが米国の作家であるバローズの著作物の題号ないしはその登場人物の名称として,あるいは請求人(判決注:原告)が管理する標章として,本件商標の登録査定時において広く認識されていたものとまでは認めることはできない。」,とした認定判断に誤りがあるとはいえない。

二、取消事由2(本件商標が公序良俗に反しないとの判断の誤り)について

(1)―中略―原告が1984年(昭和59年)以降,日本において,「Tarzan」に関し,合計12社に合計21件のライセンスを許諾したことからすれば,「ターザン」の語が一定の顧客吸引力を有していたことも認めることができる。
しかし,「ターザン(Tarzan)」が原作小説の映画化を通じて世界的な知名度を獲得したものであって,日本における「Tarzan」に関するライセンス契約において対象となった製品は,雑誌,カジュアルシューズ,下着等のアパレル関係,テレビ放送,子供向け書籍及びソフトカバーブックなどであり(甲87),米国における有力なライセンシーであるディズニー社は遊園地の経営や映画の製作・配給を業とする企業であること(弁論の全趣旨)などに照らすと,書籍,アパレル,遊園地,映画及びテレビ放送等の一般消費者と直接接する商品・役務との関係ではともかく,本件商標の指定商品である「プラスチック加工機械器具,プラスチック成形機用自動取出ロボット,チャック(機械部品)」という一般消費者を対象としない商品の分野において,「ターザン」の語が経済的に一定程度評価しうる顧客吸引力を有しているとまでは認めがたい。
加えて,本件商標登録の査定時(平成22年7月6日),「ターザン」の原作小説の作者であるバローズが亡くなってから既に60年を超える期間が経過していた上,1970年代以降,日本における「ターザン」人気は次第に薄れていき,ディズニー社によるアニメ映画がヒットした1999年(平成11年)から10年以上が経過した本件商標の登録査定時(平成22年7月6日)の時点において,「ターザン(Tarzan)」が広く人々の目に触れる機会は減少し,「ターザン」の語から想起されるイメージがかなり漠然としたものになっていたことは前記のとおりである。
そうすると,被告が雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)というターザンのイメージと被告が製作する樹脂成形品取出しロボットの動きを重ね合わせて,このようなロボットの商品名として使用することを想定して本件商標登録をしたのだとしても,そのことをもって,「ターザン」のイメージやその顧客吸引力に便乗しようとする不正の意図に基づく剽窃行為であるとまでいうことはできない。
(2)しかしながら,日本では広く知られていないものの,独特の造語になる「ターザン」は,具体的な人物像を持つ架空の人物の名称として,小説ないし映画,ドラマで米国を中心に世界的に一貫して描写されていて,「ターザン」の語からは,日本語においても他の言語においても他の観念を想起するものとは認められないことからすると,我が国で「ターザン」の語のみから成る本件商標登録を維持することは,たとえその指定商品の関係で「ターザン」の語に顧客吸引力がないとしても,国際信義に反するものというべきである。
「ターザン(Tarzan)」の語は,米国の作家バローズの手になる小説シリーズ「ターザン・シリーズ」に登場する主人公の名前であり,本件商標登録査定時(平成22年7月6日)の時点において,日本におけるその著作権は存続していたし,派生的著作物にはなお著作権が存続し続けていたものである。バローズから「ターザン・シリーズ」のすべての書籍に関する権利を譲り受けた原告は,オフィシャル・ウェブサイトを通じ,ターザンに関する諸々の作品及びバローズの業績を伝承・解説するとともに,「ターザン・シリーズ」を含めたバローズに関する小説,パルプ雑誌,映画,ラジオ放送作品,テレビ放送作品,コミックスなどのあらゆる作品を収蔵したオンラインアーカイブを作成・提供するなど,「ターザン」の原作小説及びその派生作品の価値の保存・維持に努めるとともに,米国のみならず世界各国において「ターザン」に関する商標を登録して所有したり,ライセンス契約の締結・管理に関わることによって,その商業的な価値の維持管理にも努めてきた。このように一定の価値を有する標章やキャラクターを生み出した原作小説の著作権が存続し,かつその文化的・経済的価値の維持・管理に努力を払ってきた団体が存在する状況の中で,上記著作権管理団体等と関わりのない第三者が最先の商標出願を行った結果,特定の指定商品又は指定役務との関係で当該商標を独占的に利用できるようになり,上記著作権管理団体による利用を排除できる結果となることは,商標登録の更新が容易に認められており,その権利を半永久的に継続することも可能であることなども考慮すると,公正な取引秩序の維持の観点からみても相当とはいい難い。被告は,「ターザン」の語の文化的・商業的価値の維持に何ら関わってきたものではないから,指定商品という限定された商品との関係においてではあっても「ターザン」の語の利用の独占を許すことは相当ではなく,本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し,公序良俗を害する行為ということができる。
(3) 当裁判所は,以上の点を総合して勘案し,本件商標は商標法4条1項7号に該当すると判断するものである。

3.これから商標登録する際に

今回取り上げたターザン事件では、指定商品との関係で当該商標が周知・著名とまでは言えなくても、商標登録を許さない場合があるということが示されました。
この点、他者の著作物(正確に言うとキャラクター名に著作物性は認められないというのが大勢ですが、便宜上「著作物」と表記します)に関しては著作権法上の保護期間が過ぎれば自由利用が認められているにもかかわらず、それを商標登録できないとすれば、実質的に著作権の保護期間を超えてまで著作権者を保護する結果となり妥当ではないとの考え方も十分に成り立つものと思われます。
しかし、著作物の保護に熱心に取り組んでいる最中に他社による商標登録を認められては、権利保護もままならないということにも頷ける部分があります。
そこで、どのようにバランスをとるのかが問題となるわけですが、その解決策の1つとして今回の判決の判断内容が参考になると思われます。

いずれにせよ、既存の語(造語であれ何であれを)を商標登録する際には、あとあと問題にならないような語を選択する必要があります。

 

 

この記事は知財高判平成24年6月27日(平成23(行ケ)第10399号)を元に執筆しています。