①他社の不正な登録商標の使用により損害を被った場合は商標権侵害による損害賠償を請求できること、
②商標権侵害による損害賠償を請求する際には損害額の推定がなされて、立証責任がある程度緩和されていること、
を前回はお話ししました。
前回記事
商標権侵害事件ではどのように損害額が認定されるのか~商標法38条2項による損害額の推定~
今回は、その前回に触れた損害額の推定を定めた商標法38条2項が適用されない場合についてお話しします。
1、商標法38条2項の推定がなされない場合
商標法38条2項はあくまで、「損害が発生した」にもかかわらず損額の算定が困難な場合に商標権者が不利益を被らないように損害額を推定すると定めている規定です。
したがって、同条は「損害が発生していない」場合にまで推定損害額を請求できると規定しているわけではありません。
同条による推定を受けるためには損害が派生している事実自体は主張、立証しなければならないのです。
そこで、次に場合には商標38条2項による損害額の推定を受けることができないとされています。
(1)商標権者が現に登録商標を使用していない場合
商標法38条2項が推定するとしている「損害」は商標権者が自社の登録商標を使用することにより得ている利益が、他社による登録商標の不正使用により減少した額=逸失利益相当額を言うものとされているので、そもそも商標権者が登録商標を使用していない場合には損害は発生しようがありません。
(2)商標権者が登録商標の使用許諾をしているだけで営業をしていない場合
商標権者が自社の登録商標の使用をライセンスしているだけで、自社ではその登録商標を用いた営業をしていない場合も推定はされないとされています。
(3)相互補完関係を認めることが困難な場合
相互補完関係とは需要者(消費者や中間業者など)が登録商標を不正使用している侵害品を購入しなかった場合に、商標権者の商品を購入するであろうという関係をいいます。
侵害者の商品と商標権者の商品が、このような関係に無い場合は、侵害者による商品の販売が商標権者による商品の販売に影響を及ぼすことが無いと考えられるので、損害は発生しておらず、損害額の推定もされないとされます。
2、商標法38条2項の推定がされないとされた実際の事例
ここでは、(3)の相互補完関係が無い場合について商標法38条2項の推定が否定された実例を見ていくことにします。
商標法38条2項に基づく損害
(ア)
商標法38条2項は、侵害者が侵害行為により受けた利益の額を、商標権者の受けた損害の額と推定している。
ところで、商標権は、商標それ自体に当然に商品価値が存在するのではなく、商品の出所たる企業等の営業上の信用等と結び付くことによってはじめて一定の価値が生ずる性質を有する点で、特許権、実用新案権及び意匠権などの他の工業所有権とは異なる。
商標権侵害があった場合、侵害品と商標権者の商品との間には、必ずしも性能や効用において同一性が存在するとは限らないから、侵害品と商標権者の商品との間には、市場において、当然には相互補完関係(需要者が侵害品を購入しなかった場合に商標権者の商品を購入するであろうという関係)が存在するということはできない。
したがって、上記相互補完関係を認めるのが困難な事情がある場合には、商標法38条2項によって損害額を推定するのは相当でないというべきであって、このような事情の有無については、商標権者が侵害品と同一の商品を販売(第三者に実施させる場合も含む。)をしているか否か、販売している場合、その販売の態様はどのようなものであったか、当該商標と商品の出所たる企業の営業上の信用等とどの程度結びついていたか等を総合的に勘案して判断すべきである。
(イ)
本件において、被告は、徳島県内でX事業を行っており、上記商標権侵害に係る本件対象物件の請負契約もいずれも徳島県で締結されているところ、これに対し、原告がX事業を行っているのは福岡県及び山口県が中心であって、商圏が競合しているとはいえない。
また、原告は、全国規模での販売事業を行っており、平成19年7月当時、徳島県内にも2社が確認できるが、これらの2社は、被告とは商圏を異にしており、被告に代わってこれらの2社が受注したということもできない。
原告において他の加盟店を獲得できたような事情も見当たらない。
さらに、被告がX物件ではなく、Y工法を採用しない本件対象物件の工事請負を行うようになった当初、施主から、Y工法を希望する度合いは強くなく、一方で、他の設備を付けて欲しいとの要望があったことも踏まえると、施主が、被告による本件対象物件の工事請負がなければ、被告以外にX物件を発注したであろうという関係も、直ちには認められない。
原告は、被告が本件販売契約に違反していたことからすれば、被告が同契約に基づき徳島県でX事業を行っていた事情を考慮すべきではないと主張するが、原告は、上記のとおり被告の施工実績を積極的に広告宣伝するなどしており、被告が原告の事業に貢献していたといえることからすれば、本件において被告のX事業をなかったものと仮定するのは相当ではない。
(ウ)
以上によれば、本件においては、商標法38条2項により、被告の利益を原告の損害と推定するのはことを困難とする事情が存するというべきである。
3、商標法38条2項が適用されるかされないかを判断するポイント
この裁判例では、判断の基準を以下の点であると考えています。
①相互補完関係を認めるのが困難な事情がある場合には、商標法38条2項によって損害額を推定するのは相当でないというべきである。
②このような事情の有無については、
(A)商標権者が侵害品と同一の商品を販売(第三者に実施させる場合も含む。)をしているか否か、
(B)販売している場合、その販売の態様はどのようなものであったか、
(C)当該商標と商品の出所たる企業の営業上の信用等とどの程度結びついていたか、
等を総合的に勘案して判断すべきである。
これから、商標38条2項を足掛かりに損害賠償を請求しようとする場合は、以上の3点を中心に自社を取り巻く状況を精査する必要があります。
なお、38条2項の損害額の推定が認められないとしても、別途38条3項のすいては認められます。
38条3項は登録商標を他社にライセンスする場合のライセンス料相当額を損害額としてその賠償を請求することができるとするものです。
ただ、この3項の推定は2項の推定が認められるよりも低額になる傾向があるので、できれば2項の推定を利用したいものです。