自社の商標の保護を真剣に考えるのであるのであれば商品の販売前またはサービスの提供前に商標登録を済ませておくべきです。
しかし、何らかの事情で商標登録が遅れた場合に、既に他社が同じ商標を登録してしまっていたらどうすればいいのでしょう。

1、商標登録の無効を求める

商標法4条1項10号は、他人の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標及びこれに類似する商標は商標登録することができないと定めています。
ここにいう「商標」は商標登録されているものだけでなく、未登録の商標も含まれます。
そこで、自社の未登録商標を他社が先に出願して商標登録を得ている場合には、この条文を根拠に他社による商標登録を無効とするように審判を請求することができます。

しかし、無効と認められるためには、一つ問題があります。

商標登録は原則として早い者勝ちです。
この原則の例外を認めるために、それなりの厳格な条件が課されているのです。
それが「周知性要件」と呼ばれるものです。
上記の条文では「人の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」ことが周知性を定めた部分です。
ただ、これを読んだだけでは、「広く」とはどの程度の範囲を言うのか全く分かりません。

そこで、今回は実際にこの条文の適用が問題となった事件を見ていくことで、「周知性要件」の具体的中身についてみていくことにします。

2、商標法4項1項10号の「周知性要件」が問題となった事例

(1)事件の概要

原告は、本件商標は、原告が飲食店に使用して周知ならしめた「岩山海」又は「とっとり岩山海」の商標(原告商標)と類似又は同一であるところ、原告商標は、本件商標の登録出願時(本件出願時)及び登録査定時(本件査定時)において、原告及びフランチャイジーの商標として需要者の間に広く認識されていたものであって、原告は被告にとって他人であるから、本件商標は、商標法4条1項10号に該当すると主張し、商標登録の無効審判請求をしました。

(2)原告の営業・宣伝規模の認定。

(1) 原告商標を用いた原告の経営する居酒屋の店舗(「岩山海」グループ)について


原告は、平成16年8月、大阪府東大阪市高井田に「海鮮!岩山海」との名称で居酒屋を開店し、布施本店とした。
その後、原告は、平成18年7月21日、上記個人経営の居酒屋を法人化し(商業登記簿登録上の代表取締役は、A及びB)、飲食店の経営、飲食業に関するフランチャイズチェーン店の加盟募集、加盟店の営業指導等の経営コンサルタントに関する業務等を目的とする、株式会社岩山海を設立した(甲3、38、39)原告ないし株式会社岩山海は、次々に新店舗を開き、「岩山海」を名称に含む店舗は、布施本店以外に、フランチャイズチェーン店を含め、大阪府東大阪市長堂に「岩山海組みとく洞」(みとく洞。既に閉店)、大阪府東大阪市御厨に「海鮮!岩山海小阪店」(小阪店)、大阪府八尾市山城町に「岩山海ぐみ鳥取ふるさと村」(八尾店)、大阪市生野区鶴橋に「鶴橋岩山海」(鶴橋店)、大阪市中央区難波の「とっとり岩山海なんば店」(なんばCITY店)、東京都八王子市横山町に「いわさんかい八王子店」(八王子店)がある。
店舗名について、小阪店では、店舗正面の入り口の上に岩のオブジェが設置され、その一部がくり抜かれて店舗名が表記されているが、そこでは、海の中を背景に「岩山海」という文字が、毛筆風で黒く記載され、白く縁取りされている。八尾店の看板には、「岩山海」という文字が黒く縦書きで、その下に「ぐみ」という文字が「岩山海」という文字よりは小さく黒く横書きで、更にその下に「鳥取ふるさと村」が「岩山海」という文字よりは小さく赤く縦書きで記載されているが、店内のメニューでは、「岩山海ぐみ」という文字が小さく記載され、その下に「鳥取ふるさと村」と大きく記載されている。鶴橋店では、看板が店舗正面壁上部と店舗正面壁右側の2箇所に設置され、「鶴橋」という文字が 「岩山海」よりも小さく赤く、その下に「岩山海」という文字が黒く記載され、店内のホワイトボードやメニューには同じ文字の大きさで「鶴橋岩山海」と記載されている。
このように、「岩山海(「いわさんかい」を含む。)」、「とっとり岩山海」という原告商標は、原告ないし原告が設立した株式会社岩山海が経営ないしフランチャイズする居酒屋という役務を表示する機能を果たしている。

「岩山海」グループは、鳥取県北西部に位置する境港に出向いて食品を仕入れて、客に提供しており、店舗や座席によっては、七輪が客のテーブルに設置され、客自ら又は店舗スタッフがそれを用いて海鮮を焼くことができるスタイルが採用されている。

(2) 雑誌、新聞での紹介


布施本店が、平成17年10月11日号「関西ウォーカー」の「秋の味覚SPECIAL」の特集記事の1つとして、69ページ左下で紹介された(同じページの3店舗と比較すると、掲載スペースは小さい。)。「関西ウォーカー」は、エリア情報誌であり、隔週火曜日に発行されていたが、布施本店が紹介されたのは、通算291号に当たる。
同誌の発行部数は、平成20年4月から同年6月までの平均が約12万9000部、平成21年10月から同年12月までの平均が約11万8000部、平成24年10月から翌年9月までの平均が約8万4000部であり、販売地域は、関西地方である(ただし、その他の地域でも大型書店では入手可能である。)。

―以下、「イ」から「ソ」まで、10以上の雑誌等で紹介されている旨を詳細に認定しますが、本稿では省略します―

(3) テレビでの紹介


布施本店が、平成18年9月9日、MBS毎日放送「せやねん」という番組で紹介された。同番組は、毎週土曜日午前9時25分から午前11時45分まで放送されていた。同日は、Dの長男出産に伴う経済動向などと並んで、「秋だサンマがウマイ」という特集が組まれ、地元で人気のおいしい魚を食べさせてくれる店として、3店舗が取り上げられ、布施本店は、番組開始から約1時間35分後に、そのうちの1店目として紹介された。同店に関する部分では、店長である原告と他の店員が実際にサンマ定食を作り、それを食べた感想が述べられた。

―以下、その他の番組でも紹介されている旨を詳細に認定しますが、本稿では省略します―

(4) 広告、宣伝


八尾店が平成19年5月16日にオープンするに際し、ちらしが作成されて配布されたが(甲12)、作成枚数や配布された地域は不明である。また、八尾店のパンフレットは、それ以外にも作成されたが(甲13)、同様に作成枚数や配布された地域は不明である(外観からしても、周辺に配布されたものかどうか定かでない。)。

―以下、その他の宣伝広告も紹介されている旨を詳細に認定しますが、本稿では省略します―

(5) 原告の知名度


平成20年3月12日号日本海新聞において、24ページ(地域総合面)右約3分の1を使って県大阪事務所の鳥取県産品の視察ツアーが紹介されたが、その中で「岩山海」グループの代表者である原告の、鳥取県産日本酒に関する感想が、2段にわたって紹介された。

平成24年11月1日の日本海新聞の記事、及びそれを引用するネット版日本海新聞には、「関西からのメッセージ」として、「岩山海」グループのプデューサーである原告の鳥取県産食材を提供する飲食ビジネスにかける思いが、紹介された。

原告は、平成20年4月26日以降、鳥取県から、とっとりふるさと大使に委嘱されている。とっとりふるさと大使に委嘱されているのは、他に、ゆうちょ銀行代表執行役会長のF、元バレーボール選手のG、ヴァイオリニストのH、女優のIやJ、モデル・タレントのK、歌手のL、Jリーグ所属サッカーチームのガイナーレ鳥取などがいる。

(6) その他の媒体

個人のブログ(デザウマ)において、「いわさんかい」という特徴的な名称を有し、料理の提供方法が豪快な居酒屋として、布施本店が紹介されている。

(3)「周知性要件」の考え方(重要ポイント)

商標法4条1項10号は、先使用未登録商標に他の商標登録出願を排除する効力を認めるものであるから、同号にいう「広く認識されている」に該当するといえるための地理的範囲としては、必ずしも全国的に知られている必要まではないが、1都道府県内で知られているだけでは足りず、少なくとも関西一円などの数県にわたる相当広い範囲で、取引者・需要者に知られていることを要するというべきである。
また、「広く認識されている」といえるための取引者・需要者の範囲としても、同様の趣旨から、すべての取引者・需要者に知られている必要まではないが、相当程度の取引者・需要者に知られていることを要するというべきである。

(4)本事件の「周知性要件」の具備の有無

本件商標は、飲食物の提供を指定役務とするところ、「岩山海」グループも、同様に、居酒屋として、海鮮や酒などの飲食物の提供に原告商標を使用している。
そして、本件出願時や本件査定時において、家族連れで居酒屋に行くことも珍しくなくなっており、居酒屋は、飲酒の有無にかかわらず、年齢層や性別を問わずに利用されるのが一般的であるといえる。そうすると、原告商標の周知性を判断する前提となる取引者・需要者としては、飲食物の仕入業者に限られず、広く一般の消費者が含まれているということができる。
食べログに登録された、大阪府、兵庫県及び京都府内の居酒屋の店舗数は、それぞれ5万9385、3万2391、1万8558であり、飲食店の種類には、居酒屋以外にもレストラン、日本料理店、中華料理店等が存在するから、京阪神地域の飲食店だけでも、相当多くの店舗が存在すると認められる。
したがって、特定の店舗が新聞、雑誌やテレビ等で取り上げられたとしても、一般の消費者が、記事や番組で紹介された数多くの飲食店の中から当該店舗に注目し、その店舗名等を記憶にとどめることには直ちにつながらず、一般の消費者に飲食店名が広く知られるようになるためには、宣伝広告を積極的に行う、店舗数が相当程度多い、あるいは、マスコミに数多くないし頻繁に取り上げられているなどの特段の事情を要するものというべきである。
(ア)
上記認定事実によれば、原告の経営する店舗のうち、原告商標ないしその主たる部分である「岩山海」(ひらがなの「いわさんかい」を含む。)を名前に含む店舗は、①大阪府の2大歓楽街として知られるミナミの最南端で、大阪府南部地域の交通拠点の難波にあるショッピングモール「なんばCITY」内の、なんばCITY店、②大阪環状線と近鉄奈良・大阪線のターミナル駅であり、焼肉で有名な鶴橋にある鶴橋店を除けば、人口の密集する中心部や観光地にはなく、東大阪市や八尾市の近鉄沿線上、あるいは、東京都の23区内から離れた八王子市にある。
そして、全店舗数も関西に5つ、関東に1つの合計6つにすぎない。
(イ)
また、新聞や雑誌での紹介について検討するに、「関西ウォーカー」の発行部数は少なくないが、毎週発行され、布施本店が紹介されるまでに既に290号が発行されていた上に、毎号で多数の店舗が紹介されるから、ページの3分の1以下のスペースを使って一度取り上げられただけであれば、購読者に注目され、記憶にとどめるほどであったとは認められない。
「Meets regional」の発行部数は比較的多く、原告商標を持つ「岩山海」グループのいずれかの店舗が、平成18年以降、約3年後の本件出願時までに5回、本件査定時までに更に2回掲載され、その際最大1ページを使って紹介されていたと認められるが、毎月発行され、本件査定までに最後に掲載されたのは284号であり、毎号で多数の店舗が紹介されていることからすると、この程度の頻度や掲載の大きさでは、購読者に注目され、記憶にとどめるほどであったとは認められない。

―以下、原告が紹介された雑誌、テレビ番組等は販売部数、放送範囲、頻度等を詳細に検討します。―

(5)結論

以上によれば、原告商標は、一般の消費者に全国的に知られているとは認められないことはもとより、関西地方においても広く知られているとは認められない。
このことは、都市近郊における人の行き来に伴う情報の伝播を踏まえたとしても、同様である。
したがって、本件商標は、商標法4条1項10号に該当しない。

3、商標登録はお早めに

この事件で、他社による商標登録の無効を求めた原告は、飲食店チェーンとして、それなりの規模で営業を行っており、雑誌、テレビ番組でもたびたび取り上げられていました。
にもかかわらず、商標法4条1項10号で保護されるための「周知性」を備えていなかったと判断されてしまいました。
このように、未登録の商標が保護されるためには、かなりの周知度が必要となります。
商標登録をしないで営業規模を拡大して、さてこの辺で商標登録でもしておこうかという考えでは、もはや手遅れ、ということにもなりかねません。

法律上は、未登録商標でも保護されることがあります。
しかしその要件はとても厳しいものです。

自社は営業も宣伝も手広くやっているから大丈夫と安易に考えずに、早急に商標登録しておくことが重要です。

 

 

この記事は知財高判平成26年10月29日(平成26(行ケ)10118)を元に執筆しています。