商標登録出願をすると、特許庁で審査官と呼ばれる担当者が1人でその商標が商標登録を受けることができるか否かを審査します。
審査官が出願商標を登録することができないと判断した場合は拒絶査定が下されます。
この拒絶査定に対しては拒絶査定不服審判という不服申し立て手段が用意されています。
拒絶査定不服審判は審判官と呼ばれる担当者が3人で、その商標が商標登録できるか否かをもう一度審査しなおします。
この拒絶査定不服審判でも登録拒絶という結論に至った場合は、今度は特許庁を離れて、裁判所にその拒絶審決を取り消す旨を訴えることができます。
このように、1つの商標登録出願に対して何度も不服申し立ての機会が保証されています。

今回取り上げるのは、自社が出願した商標と特許庁がその商標と類似すると判断した登録商標が類似しない旨を主張して裁判所に出訴した事例です。

1、商標登録出願にかかる商標と、それと対比された登録商標

次に商標は、左が裁判所に訴えを起こした原告が登録を求めた商標であり、右が、それと対比された登録商標(以下、引用商標といいます)です。
皆さんは両商標が類似すると思いますか?

PGAの類否

2、商標登録出願についての特許庁での判断

まず、商標登録出願を最初に担当した審査官は両商標を類似すると考え、拒絶査定を通知しました。
この拒絶査定に対して拒絶査定不服審判を請求したのですが、そこでも拒絶という結論は覆りませんでした。
「対比される2つの商標の称呼(その商標を音読した場合の呼び方)が相紛らわしいときは、当該2つの商標は原則として類似する」というのが特許庁の基本的な考え方です。
今回、登録を希望している出願商標についても、審査官、審判官は共にこの原則通りの判断をしました。
すなわち、
①出願商標は上段の「PAG!」と下段の「Point AD Game」から成り立ち、上段と下段は一体と言えるほど結合状態が強いものではないから、上段「PAG!」部分が独立して商標としての機能を果たす。

②そして「PAG!」部分からは、「パグ」又は「ピーエージー」の称呼が生じ、引用商標からも、「パグ」又は「ピーエージー」の称呼が生じる。

③したがって、同一の称呼であるから両商標は類似する。
特許庁はこのように判断したものと考えられます。

3、同商標登録出願に対する裁判所の判断

原告がした商標登録出願は以上のような経過をたどり、最終的に裁判所が類否を判断することになりました。

<商標の重要部分(要部)の見極め方についての裁判所の基本的な考え方>

複数の構成部分から成り立つ商標の評価方法として、裁判所は以下の手法を取ります。

「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである。」

<上記基準の本件への適用>

「本願商標の構成は、別紙商標目録記載(1)(上記画像)のとおりである。
すなわち、本願商標は、上下二段の文字、符号及び図形からなる。上段の「PAG」の欧文字及び「!」の符号は、外側が淡く細く、内側が濃く太く、濃淡二重の青い縁取りによって袋文字風にデザインされて横書きされ、「G」と「!」との間の上部に動物の足跡を模したオレンジ色の図形が描かれている。
このうち、左側に配置された「P」の文字は、直線のみから構成され、欧文字「A」を左斜めに倒したような、デザインの施された独特の字体が用いられている。
「PAG!」の文字と足跡状の図形は、濃淡二重の青い縁取りが、一体的に施され、全体がまとまった印象を与えている。
また、「P」の文字及び「!」の符号は、「A」、「G」の文字に比して大きく描かれており、上段の「P」の文字、足跡状の図形、「!」の符号は高さが揃い、中央の「A」、「G」の文字と比較して2倍の高さで描かれている。「P」の文字及び「!」の符号の外側の輪郭線は、上方から下方に向けて、内側に狭まるよう表記されている。
さらに、上記図形は、爪状部と掌状部に区別されるが、掌状部には、左側には青色の点が1つ、同右側に菱形状に青色の点が4つ描かれており、テレビゲーム等のコントローラを模しているようなデザインが施されている。
そして、下段には、「Point ADGame」の欧文字が青色で横書きされている。「Point AD Game」の文字は、上段の「PAG」の文字及び「!」の符号に比べて、小さく表記されている。
以上によれば、本願商標の外観は、上段の「P」「A」「G」の文字、「!」の符号、足跡状の図形及び下段の「Point AD Game」のすべてが、青色の輪郭線又は塗りつぶされた文字で表記され、全体として、まとまりのある一体的な図形として描かれていること、上段の「PAG」の文字は、下段の「Point ADGame」の頭文字であることが想起されること、足跡状の図形がオレンジ色に塗りつぶされ、文字及び記号に囲まれた中で、生き生きとした印象を与えていること等に照らすならば、これに接した取引者、需要者は、それぞれの構成が相互に深く関連する、一体的な図形であると認識、理解するものと解される。
したがって、本願商標において、「PAG」の文字部分のみが、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える部分と認めることはできず、「PAG」の文字部分のみを本件商標の特徴部分とすることできない。」

そして、称呼に関しては次のように結論付けました。

「本願商標は、「ピーエージー、ポイントエーデーゲーム」、「ピーエージー、ポイントアドゲーム」、「パグ、ポイントエーデーゲーム」、「パグ、ポイントアドゲーム」、「ピーエージー」などの称呼が生じ得るのに対して、引用商標は、「ピーエージ」、「パグ」の称呼を生じる余地がある。
本願商標は、さまざまな称呼が生じる余地があること、引用商標は、何らの観念も生じず、確定的な称呼が生じるとはいいがたいことに照らすと、両商標は、称呼において、類似するとはいえない。」

4、判断の分岐点

特許庁も、裁判所も、複数の構成部分から成り立つ商標を評価する基準は同じです。

再度、繰り返しますが、
「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである」
という基準が出発点になります。

特許庁と裁判所で結論が異なったのは、果たして上記基準に照らして「PAG!」の部分が独立して取引に際して商標としての機能を果たすのかということです。
特許庁は肯定し、裁判所は否定したのです。

特許庁は
「本願商標において,①「P」の文字が「足状」の図形より大きいこと,②「足状」の図形は,色が異なっていること,③「足状」の図形は,文字及び符号部分の背景とされたり,融合された描かれ方がされていないこと等に照らすならば,「足状」の図形,「PAG!」の文字及び符号,「Point AD Game」の各文字は,分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではない。
そして,「PAG!」の文字及び符号は,中央に配置されており,「Point AD Game」の文字及び「足状」の図形に比して顕著に表されていることから,本願商標は,「PAG!」の文字及び符号が,需要者等に対し,強く支配的な印象を与える。」
したがって、
「「PAG」の文字部分が独立して自他商品の識別標識としての機能を果たす要部としてとらえられるものであり,分離して類否判断を行うことができる。」
と主張しましたが受け入れられませんでした。

5、商標登録をこれからしようとお考えのときは

以上の様に、裁判所は今回取り上げた両商標を類似しないと考えました。
しかし、この裁判での特許庁の主張した判断方法は、特許庁での審査段階では極めて一般的な方法と言えます。
したがって、これからも同じように商標中に独立して目立つ部分があれば、その部分が分離して評価されると考えられます。

「そうは言っても、裁判所まで争えば類似しないと判断してもらえて登録できるのでは」

こうお考えの方もあるかもしれません。
確かに、裁判所の方が特許庁よりいろいろな要素を加味して類似するか否かを判断してくれると言えます。
今回は「称呼」判断の部分のみを取り上げましたが、実際の裁判では他の要素も検討した上で結論を導いています。
既にその商標の使用を始めていて変更が利かず後に引けない、つまり類似と判断されたまま放置すれば、相手方から商標権侵害で訴えられかねないという場合は、裁判に 上げたとしても非類似を認めさせなければなりません。
しかし、問題は費用と時間です。
裁判まで駆使して非類似を認めさせるには相当の費用と時間を覚悟しなければなりません。

そこで、やはり、早期の商標登録が必要ということになります。

絶対に失敗できない商品やサービスを始めるときには、それらの提供開始前に商標登録を得ておくという姿勢が大切です。
商品の販売時やサービスの提供時から商標登録の審査期間を逆算して出願することになるので、かなり早い時期から考えることになりますが、その手間を惜しむと、後々負担が増えることにもつながりかねないのです。

 

 

この記事は知財高判平成23年10月24日(平成23(行ケ)10093)を元に執筆しています。