無事、商標登録が認められると類似商標を差し止める権利が生じます。
では、どこまでが類似範囲の商標と認められるのでしょうか。
もちろん類似範囲はここの商標や社会情勢によっても異なりますので、一概にここまでということはできません。
今回は、「サムライ」という登録商標と「サムライジャパン」が類似するかを判断した裁判例をご紹介し、類似商標の範囲について考えたいと思います。
1、商標権侵害事件の概要
原告は商品「被服」等について、毛筆体で「SAMURAI」と書き表した登録商標と、アルファベット「SAMURAI」の下にカタカナ「サムライ」を表した登録商標を有していました。
一方、被告は、各種「SAMURAI JAPAN」という標章を用いてユニフォームを販売していました。
そこで、被告の標章の使用は、原告の登録商標に類似する標章の使用であるとして差し止め等を求めたものです。
2、原告の登録商標と被告標章の類否についての裁判所の判断
裁判所は以下のとおり,被告標章1及び2は,本件各登録商標に類似する商標であるが,被告標章3は,類似するとはいえないと判断しました。
(1) 登録商標に類似する商標
商標の類否は,同一又は類似の商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
(2)被告各標章と本件各登録商標の類否
ア 本件各登録商標の構成
(ア) 本件登録商標1
本件登録商標1の外観は,別紙商標目録記載1のとおりであり,毛筆風の勢いのある書体によりアルファベットの大文字で「SAMURAI」と表記されたものである。
同商標からは,「さむらい」の称呼と「侍」の観念が生じる。「侍」は,一般に「武士」,転じて「なかなかの人物」を意味する。
(イ) 本件登録商標2
本件登録商標2の外観は,別紙商標目録記載2のとおりであり,Century 風で, やや細めの書体によりアルファベットの大文字で「SAMURAI」と表記された下に,同じ大きさのカタカナで「サムライ」と表記されている。
同商標の称呼及び観念は,上記(ア)と同じである。
イ 被告各標章の構成
被告各標章の構成は,別紙標章目録記載1ないし3のとおりであり,その外観,称呼及び観念並びに要部は,以下のとおりである。
(ア) 被告標章1
a 外観
アルファベットのゴシック体大文字で「SAMURAI」と表記された下に,これより小さなアルファベットのゴシック体大文字で「JAPAN」と表記されている。
文字の大きさを比較すると,「SAMURAI」の部分の方が「JAPAN」の部分よりも約12倍大きい。
b 称呼
「SAMURAI」の部分から「さむらい」の称呼が生じ,「JAPAN」の部分から「ジャパン」の称呼が生じる。
c 観念
「SAMURAI」の部分から「侍」の観念が生じ,「JAPAN」の部分から「日本」の観念が生じる。
d 要部
複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
上記a のとおり, 被告標章1 は,「SAMURAI」の部分の方が「JAPAN」の部分よりも格段に大きく,取引者,需要者に対し,商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。
また,「JAPAN」の部分からは「ジャパン」の称呼及び「日本」の観念が生じるものの,服飾の分野において原産国を表示する又は商品イメージを代表させることを目的として,国名,都市名等が併せて表記されることは通常見られることであり,被告標章1における「JAPAN」の部分も,上記の外観からすれば,そうした意味合いによるものとしか理解することができない。
したがって,この部分からは,出所識別標識としての称呼,観念も生じないというべきである。
よって,被告標章1の要部は「SAMURAI」の部分である。
なお,被告は,「SAMURAI JAPAN」という表記が,一般に「スポーツの国際試合における日本代表」及び「スポーツをする日本男児」を意味し,取引者ないし需要者は,被告標章1についても「SAMURAIJAPAN」という一連一体の言葉と認識するから,「SAMURAI」と「JAPAN」とを分離するのは相当でなく,「SAMURAI」の部分を要部ということはできない旨主張する。
たしかに,「SAMURAI」と「JAPAN」が外観上も一連一体として記載された場合は,これを一連一体の言葉として認識することは十分にあり得る(後記(ウ)参照)。
しかしながら,そもそも被告標章1の外観が,前記aのとおり,2段に表記されている上,「SAMURAI」と「JAPAN」の文字の大きさが著しく異なっていることからすれば,取引者や需要者が,被告標章1を見て,「SAMURAI JAPAN」という一連一体の言葉として認識することは考えにくい。
被告は,「SAMURAI JAPAN」という表記が,一般に「スポーツの国際試合における日本代表」及び「スポーツをする日本男児」を意味するとする根拠について,① 社団法人日本ホッケー協会が「さむらいJAPAN」の商標登録を有すること,② 野球の日本代表チームが「侍ジャパン」の呼称を使用していることなどを挙げるにすぎない。
これらのことから,取引者,需要者において,「SAMURAI JAPAN」という表記が一般に「スポーツの国際試合における日本代表」,「スポーツをする日本男児」を意味すると受け取られているなどとは認められない。
(イ) 被告標章2
a 外観
アルファベットのイタリック体で「Samurai」と表記され,「S」が大文字であるほかは小文字である。この表記の下にアンダーラインが付され,このアンダーラインの下に,より小さなアルファベットのイタリック体小文字で「japan」と表記されている。文字の大きさを比べると,「Samurai」の部分の方が「japan」の部分よりも約10倍大きい。
b 称呼及び観念
称呼及び観念については,上記(ア)b及びcと同様である。
c 要部
上記aのとおり,「Samurai」の部分の方が「japan」の部分と比べて格段に大きい上,「Samurai」の部分がアンダーラインで強調されていることなどからすれば,この部分が取引者,需要者に対し,商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。
「japan」の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないこと及び「Samurai japan」という一連一体の言葉としての外観,称呼,観念が生じるなどといえないことは,前記(ア)dと同様である。
したがって,被告標章2の要部は「Samurai」の部分である。
(ウ) 被告標章3
a 外観
アルファベットの大文字で「SAMURAI」と表記された下に,これより小さなアルファベットの大文字で「JAPAN」と表記されている。
「A」の文字を基準として文字の大きさを比べると,「SAMURAI」の部分の方が「JAPAN」の部分よりも約1.5倍大きい。
b 称呼及び観念
称呼及び観念については,上記(ア)b及びcと同様である。
c 要部
被告標章3では,「SAMURAI」の部分が「JAPAN」の部分と比べて大きいものの,被告標章1及び2と異なり,取引者,需要者に対し,商品の出所識別標識として,強く支配的な印象を与えるとまではにわかに認めがたいというべきである。
また,このような外観からすると,一連一体の表記として「サムライジャパン」という称呼も生じることが考えられる。このような場合,取引者,需要者において,固有の意味を有する熟語として受け取るとまでは認めにくいものの,「SAMURAI(侍)」と「JAPAN(日本)」とを組み合わせたものとして出所識別機能を有する標識と捉えることが可能である。
しかも,「SAMURAI」から生じる観念である「侍」は,日本固有のものであり,上記のような観念の下では,取引者,需要者において「JAPAN」から生じた観念である「日本」と結びついた一連一体のものとして受け止められやすいといえる。
他方,「SAMURAI」も「JAPAN」も被告商品と関連性はないものの,一般名称であるため出所識別力に大きな違いがあるとは認められないから,「SAMURAI」以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないということも困難である。
したがって,被告標章3において,「SAMURAI」の部分を取り出して,その要部であると認めることはできない。
ウ 類否判断
(ア) 本件登録商標1と被告各標章との対比
前記イ(ア)及び(イ)のとおり,被告標章1及び2の要部は「SAMURAI」又は「Samurai」の部分であり,本件登録商標1とは書体が異なるものの,同一のアルファベットにより構成されるものであるから,外観において類似する。
また,要部からは,「さむらい」の称呼及び「侍」の観念が生じるから,称呼及び観念においても,本件登録商標1と同一のものである。
しかし,前記イ(ウ)のとおり,被告標章3は,分離観察ができないため,「SAMURAI JAPAN」として,本件登録商標1と対比すると,外観,称呼,観念において異なる。
(イ) 本件登録商標2と被告各標章との対比
前記イ(ア)及び(イ)のとおり,被告標章1及び2の要部は「SAMURAI」又は「Samurai」の部分であり,本件登録商標2の上段部分と同一のアルファベットにより構成されるものであるから,外観において類似する。
また,上記要部からは「さむらい」の称呼及び「侍」の観念が生じるから,称呼及び観念において,本件登録商標2の上下各部分とも同一のものである。
しかし,前記イ(ウ)のとおり,被告標章3は,分離観察ができないため,「SAMURAI JAPAN」として本件登録商標2と対比すると,外観,称呼,観念において異なる。
(ウ) 取引の実情
被告は,取引の実情からすれば,取引者,需要者が本件各登録商標の指定商品と被告各商品の出所について誤認混同するおそれはない旨主張する。
しかしながら,被告が主張する事情のうち,被告各商品が,本件各登録商標の指定商品と同一又は類似の商品ではないとする点に理由がないのは前記1のとおりである。
また,被告がフットサル愛好者に広く認識されているから原告が販売する商品と誤認混同されるおそれはないとする点も,被告各商品が本件各登録商標の指定商品と同一又は類似の商品ではないことを前提とするものであり,同様に理由がない。
被告が主張するとおり,販売方法に係る差違や販売に係るインターネット上のウェブサイトの表示に差違があるとしても,一般の需要者からしてみれば,少なくとも被告各商品が原告の製造に係る商品等であると誤信するおそれはあるというべきであり,「何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められない場合」に当たるとはいえない。
(エ) 結論
これらのことからすると,被告標章1及び2は,本件各登録商標と外観において類似し,称呼及び観念において同一のものである上,商品の出所を誤認混同するおそれが認められない場合に当たるような取引の実情があるともいえない。
よって,被告標章1及び2は,本件各登録商標に類似する商標であると認められる。
他方で,被告標章3は,本件各登録商標に類似する商標であるとはいえない。
4、これから商標登録する際に
以上の様に、裁判所は被告標章1と2は原告の登録商標と類似すると判断しましたが、3については類似するとは認めませんでした。
1に比べると「JAPAN」部分が大きいからということなのでしょう。
ここは見解が分かれるところだと思います。
しかし、この件からは学ぶべきものがあります。
一般に文字の大きさが同じである場合、その商標は全体が一連一体と判断される傾向があります。
そして、商標から生じる音の数が少ないほど、その傾向が顕著になると言えます。
全体で一体と判断されるということは、その一部とは類似しない可能性が出てくるということです。
とすると、まず独占したい商標を出願し登録を得ておくことはもちろん、場合によっては、その商標とつながりやすい単語も含めて防衛的に出願しなければなりません。
もちろん、出願商標数が増えると、その分費用もかさむので、どの範囲まで範囲を広げるかは難しいところですが、その商標の事業展開上の重要性に合わせて判断する必要があるということです。
この記事は大阪地判平成24年7月12日(平成22(ワ)13516)を元に執筆しています。