商標登録は保護してほしい「商標」とその商標を使用して販売する「商品」・提供する「役務」(サービス)をセットで登録します。
この「商品」・「役務」は複数指定することができるので、出願時に使用するつもりでいたけれど、結局使わないという部分については、他社に譲渡することができます。

しかし、譲渡を受けた後に、その登録商標の使用方法を誤れば、せっかくの登録を取り消されるおそれがあります。

そこで、今回は、譲渡後に登録商標の取り消しを請求された事例をご紹介します。

1、分割譲渡された登録商標

元になるのは「ADMIRAL」という有名なスニーカーの登録商標です。
この登録商標を、原告Xは指定商品「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」を除く)を除く」について譲渡を受け、被告Yは「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」について譲渡を受けました。

2、問題とされた被告Yの使用態様と原告Xの登録商標の使用態様

被告は,平成24年6月1日から,株式会社Zに対し,指定商品であるサンダルについて本件商標の独占的通常使用許諾をした。
Zは,靴及びゴム履物等の製造及び販売等を業とする会社であり,平成25年3月頃から,「クロッグサンダル」というタイプのサンダル(つま先側の部分は通常の運動靴と同様に覆われているが,踵側の立ち上がり部分が靴と異なって低くえぐれており,簡単につっかけて履くことができるような形状のもの。)の1種類として,以下のとおりの構成の標章を表示するサンダル(写真の右側の商品。以下「使用権者商品」という。)を販売した。
これに対して、Xは,引用商標を付した靴を製造,販売しているところ,そのうちの1種類として,商品の3箇所に,それぞれ以下のとおりの構成の標章を表示する「Watford(ワトフォード)」と称するモデルのスニーカー(以下「ワトフォード」という。同モデルにはカラーバリエーション〔色違いの商品〕が多数あるが,そのうち「Tricolor」という紺,白,赤の三色の色合いのものが,別紙1の写真の左側の商品である。以下,同商品を「原告商品」という。)を販売している。

adomiral

3、商標登録の取り消しの根拠

商標法53条には「専用使用権者又は通常使用権者が指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であって商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」と定められています。
そこで、今回取り上げた事件ではYによる商標の使用が上記条文に該当するか否かが争われたのです。

4、XとYの商標の使用態様等

(1)原告商品と使用権者商品の外観について


原告商品(別紙1の写真左側)は,全体として平べったく,細身の形状の白地のスニーカーである。
原告商品のアッパー(甲の部分)の中央には銀色のシューレースホールが2列に並び,白い靴紐が通されており,シューレースホールに沿って設けられた縫い目部分から靴底にかけて,紺と赤の斜めの細い2本線が靴の外側に1組だけ付されており,また,アッパーとソール(靴底部分)との境目部分に,紺色の線が靴の周りを一周する態様で,ソールの厚みの半分くらいの高さ部分に,赤い線が靴の周り後方を約半周する態様で,それぞれ付されている。
靴の踵の履き口部分には,踵の立ち上がりの約半分くらいの高さの逆三角形の紺色の布が縫い付けられている。
そして,シュータン(靴ベロ)の表面部分に,上段に黒字で「Admiral」の文字及び小さく「R」を丸で囲んだ表示と,下段に青と赤のイギリス国旗の中央に白字で「ENGLAND」の文字を記載した図形とを併記した構成からなる原告使用標章Aが付されている。靴の中敷部分は白地で,その踵に近い部分の上に赤字で「Admiral」の文字及び小さく「R」を丸で囲んだ表示からなる原告使用標章Cが付されており,外側側面後方の踵に近い部分に,原告使用商標Bの図形標章が,それぞれ表示されている。
原告商品の踵には,商標は付されていない。


使用権者商品(別紙1の写真右側)は,前記第2の2(2)のとおり,「クロッグサンダル」というタイプの白地のサンダルであり,前面から見たときの外観は,原告商品の外観とほぼ同じ形状及びデザインである。すなわち,使用権者商品のつま先側はスニーカーのように覆われ,シュータン(靴ベロ)があり,アッパー(甲)の中央部分には,銀色のシューレースホールが2列に並び,白い靴紐が通されており,シューレースホールに沿って設けられた縫い目部分から靴底にかけて,青と赤の斜めの細い2本線が靴の外側に1組だけ付されており,また,アッパーとソール(靴底部分)との境目部分に,黒い線が靴の周りを一周する態様で,ソールの厚みの半分くらいの高さ部分に,赤い線が靴の周り後方を約半周する態様で,それぞれ付されている。
一方,使用権者商品は,原告商品と異なり,靴の側面は,シュータンの位置付近から踵にかけて徐々に立ち上がりの高さが低くなるようにえぐれており,踵部分の立ち上がりは約2センチ程度の低さとなっている。靴の踵の履き口部分には,立ち上がりと同じ高さの台形の青いビニール様の素材が縫い付けられている。
そして,シューレースホールの上方中央に位置するシュータン(靴ベロ)の表面部分に,上段に黒字で「Admiral」の文字及び小さく「R」を丸で囲んだ表示と,下段に青と赤のイギリス国旗の中央に白字で「ENGLAND」の文字を記載した図形とを併記した構成からなる使用権者標章Aが付されている。
靴の中敷部分は青のチェック模様地で,その踵に近い部分の上に,白抜きで「Admiral」の文字及び小さく「R」を丸で囲んだ表示からなる使用権者標章Cが付され,外側側面のえぐれていない部分のうち踵に近い後方部分に使用権者商標Bの図形標章が,踵のソール部分(靴底)に青地で「Admiral」の文字及び小さく「R」を丸で囲んだ表示からなる使用権者標章Dが,それぞれ表示されている。


使用権者商品については,雑誌「MonoMax」平成25年6月号において,「名作ワトフォード譲りのヨーロピアンな顔立ちは上品」,「顔立ちはそのままワトフォード! スニーカーに採用されるネームタグがベロに鎮座。正面から見れば,名作ワトフォードと見間違うこと請け合い」と紹介された。

(2)使用権者商品の販売の実情について

平成25年3月ないし5月当時,Zの大型販売店舗においては,原告の「ワトフォード」モデルの商品と使用権者商品とは,同じ棚で,原告の商品が上下の段に,使用権者商品がその中段に陳列されるなどの態様で,販売されており,同棚に,原告商品と使用権者商品が出所の区別ができるような表示はされていなかった。

5、使用権者商標の使用は,法53条1項本文の「他人の業務に係る商品・・・と混同を生ずるものをしたとき」に当たるか。

前記の認定事実を前提として,使用権者商標の使用が,法53条1項本文の「他人の業務に係る商品・・・と混同を生ずるものをしたとき」に当たるかを検討する。

(1)
法53条1項は,商標権者から専用使用権又は通常使用権の設定を受けた者が,登録商標又はこれに類似する商標を,指定商品・役務又は類似商品・役務について使用した場合であって,その使用が,「他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるもの」であるときには,当該商標権者が,その事実を知らず,かつ,相当な注意をしていたときを除いて,当該商標登録を取り消すことができると規定している。
同規定の趣旨は,専用使用権者又は通常使用権者といえども,登録商標の正当使用義務に違反して登録商標を使用した結果,他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるものをしたときは,そのような行為は,当該他人の権利を侵害し,一般公衆の利益を害するばかりでなく,商標権者の監督義務に違反するものであるから,何人もその商標登録を審判により取り消し得ることとしたものである。
ところで,現行の商標法は,指定商品又は指定役務ごとに商標権の分割及び移転を認めており(法24条1項,24条の2第1項),分割に係る商標権の指定商品又は指定役務が,当該指定商品又は指定役務以外の他の指定商品又は指定役務と類似している場合であっても,商標権の分割・移転を制限していない(平成8年法律第68号による改正前の法24条1項ただし書は,同一商標について,類似関係にある商品・役務に係る商標権の分割移転を禁止していた。)。
したがって,同一の商標について,類似する商品・役務を指定商品・役務とする商標権に分割され,それぞれが異なる商標権者に帰属することもあり得る。法52条の2は,このような商標権の分割・移転の場合において,商標権者について,「不正競争の目的で」他の商標権者,使用権者等の商品又は役務と混同を生ずるものをしたときは,何人もこのような商標登録の取消しの審判を請求することができる旨を定めたものである。
そして,このような商標権の分割・移転の場合における使用権者による使用については,従来から存在している法53条1項の規定の適用に委ねられている。したがって,法53条1項は,このような商標権の分割・移転に係る商標の使用についても適用され得るが,このような場合には,各商標がもともと同一であるため,商標の同一性又は類似性及び商品・役務の類似性のみに起因して,一方の登録商標の使用によって,他方の商標権者と業務上の混同が生じる場合も予想される。
しかし,商標法がこのような同一商標の類似商品・役務間での商標権の分割及び別々の商標権者への移転を許容するものである以上,使用された商標と他人の商標の同一性又は類似性及び商標に係る商品・役務の類似性のみをもって,法53条1項の「混同を生ずるものをした」に該当すると解することは相当ではない。また,このように解すると,類似関係にある商品・役務について分割された商標権の譲渡を別々に受け,それぞれの登録商標又はその類似商標を別々の使用権者に使用させた各商標権者は,法53条1項に基づき当然に相互に相手方の有する商標登録の取消しを請求することができることとなり,不当である(立法としては,上記のような商標権の分割・移転に関する法52条の2を法53条の特則としても位置づけ,商標権者だけでなく,使用権者にも,「不正競争の目的」を要求した方がより明確であったと解されるが,現行法の解釈としても,できる限り,これと同様の結果となるように解釈すべきである。)。
以上によれば,分割された同一の商標に係る二以上の商標権が別々の商標権者に帰属する場合に,一方の専用使用権者又は通常使用権者が,法53条1項における,「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるものをしたとき」に該当するというためには,法52条の2の規定の趣旨を類推し,使用商標と他人の商標の同一性又は類似性及び使用商品・役務と他人の業務に係る商品・役務の類似性をいうだけでは足りず,専用使用権者又は通常使用権者が,登録商標又はその類似商標の具体的な使用態様において,他人の商標との商標自体の同一性又は類似性及び指定商品・役務自体の類似性により通常生じ得る混同の範囲を超えて,社会通念上,登録商標の正当使用義務に反する行為と評価されるような態様,すなわち,不正競争の目的で他の商標権者等の業務に係る商品ないし役務と混同を生じさせる行為と評価されるような態様により,客観的に,他人の業務に係る商品・役務と具体的な混同のおそれを生じさせるものをしたことを要するというべきである。

(2)
そこで,Zによる使用権者商標の具体的な使用態様が,引用商標と本件商標自体の同一性や,「サンダル等を除く履物」(具体的には,スニーカー)と,「サンダル」という原告商品と使用権者商品の種類自体の類似性により通常生じ得る混同の範囲を超えて,社会通念上,本件商標の正当使用義務に反する行為と評価されるような態様,すなわち,不正競争の目的で他の商標権者等の業務に係る商品ないし役務と混同を生じさせる行為と評価されるような態様により,客観的に,原告の業務に係る商品等と具体的な混同のおそれを生じさせるものといえるかどうかについて,検討する。

上記1(3)イ及びウで認定した原告の商品の販売状況及び雑誌等への掲載状況によれば,「Admiral」の商標は,使用権者商品の販売が開始された平成25年3月の時点で,日本国内のカジュアル・シューズの分野では,原告の販売する商品であるタウン・シューズ(スニーカー)の商標として,20歳前後の若年層からなる需要者及び取引者の間において,相当程度認識されていたものと認めることができる。
また,原告の販売する商品の中でも,原告商品を含むスニーカー「ワトフォード」モデルは,販売数が多く,人気の高い商品であり,シュータン,外側の側面後方及び中敷の踵に近い部分の3箇所に付されている原告使用商標AないしCも,原告の販売するスニーカーの商標として,上記需要者及び取引者の間において,同月時点で,相当程度認識されていたものと認められる。


一方,平成25年3月頃から販売された使用権者商品は,サンダルではあるが,その全体的な外観は,側面の後方及び踵部分の立ち上がりがスニーカーと比べてえぐれて低くなっている以外には,スニーカーの外観とほぼ同じ形状である。また,そのデザインも,原告の「ワトフォード」モデルのスニーカーと同様に,甲の中央部分に銀色のシューレースホールが2列に並び,白い靴紐が通され,シューレースホールに沿って設けられた縫い目部分から靴底にかけて,青系の線と赤線とを組み合わせた斜めの細い2本線が靴の外側に1組だけ付されており,また,アッパーとソールとの境目部分に,黒い線が靴の周りを一周する態様で,ソールの厚みの半分くらいの高さ部分に,赤い線が靴の周り後方を約半周する態様で,それぞれ付されている。
そして,使用権者商標は,このような原告商品に酷似する形状・デザインの使用権者商品において,シュータン,外側側面のえぐれていない部分のうち踵に近い後方部分及び中敷の踵に近い部分という原告商品とほぼ同一の場所に付されていたものであり,個々の商標の構成をみても,使用権者商標A及びCは,それぞれ原告使用商標A及びCと同一の構成からなり,使用権者商標B(本件商標4と同じ。)は,原告使用商標B(引用商標1と同じ)と類似する構成からなっている(引用商標1と本件商標4は,互いに白黒部分を反転させたような構成であり,両商標が類似することについては,当事者も争っていない。)。


上記イのとおり,使用権者商品は,原告商品と,商品の3箇所に商標を付しているという点で共通するのみならず,複数存在する本件ブランドに係る商標のうち,各箇所に使用された商標の種類も,商標を付す位置もほぼ同一の商標を,原告商品と酷似する形状・デザインの類似の種類の商品に付しているものである。このような使用権者商標の具体的な使用態様に加えて,使用権者商品(サンダル)の性質や使用権者商品が紹介されていた雑誌が原告の商品が紹介されていた雑誌と共通すること(前記1(3)ウ及び(4)ウ)からすれば,使用権者商品の需要者も原告商品と同じ20歳前後の若年層を含むと認められ,両商品は需要者及び取引者を共通にしていること,両商品は,大手靴量販店であるZの店舗で同じ棚に並べられて販売されていたという取引の実情をも考慮すれば,Zによる使用権者商標の使用態様は,単に原告使用商標と同一又は類似する,及び「履物(サンダル等を除く。)」と「サンダル等」という商品の種類が類似すること自体により通常混同が生じうるという範囲を超えて,当時,需要者及び取引者の間において原告の販売する商品の表示として認識されていた原告使用商標の具体的な使用態様と酷似していたものというべきであり,そのような使用権者商標の使用により,取引者及び需要者に,使用権者商品も,「Admiral」商標に係るスニーカーを販売する者(原告)と同一の出所に係るものであるとの認識を生じさせる具体的な混同のおそれを生じさせたものといえる。

以上によれば,Zによる使用権者商標の使用は,社会通念上,本件商標の正当使用義務に反する行為と評価されるような態様,すなわち,不正競争の目的で他の商標権者等の業務に係る商品ないし役務と混同を生じさせる行為と評価されるような態様により,客観的に,原告の業務に係る商品等と具体的な混同のおそれを生じさせたものということができ,法53条1項本文の「他人の業務に係る商品・・と混同を生ずるものをしたとき」に該当するというべきである。

 

裁判所はこのように、判断しましたが、実はこの事件のYによる反論に対する判示事項はまだ続きます。

とは言え、少し長くなりましたので、続きは次回にご紹介します。

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登録商標を分割して譲渡する際の注意点2。~「スリッポン」と「スニーカー」アドミラル事件を参考に~