では、前回の続きです。
前回の記事はこちら
登録商標を分割して譲渡する際の注意点1

1、商標登録取消事件のおさらい

事件の概要を簡単におさらいすると、指定商品を「履物」とするある商標が「サンダル類」と「それ以外の履物」とに分割して譲渡されたが、「サンダル類」の商標を取得した会社がいわゆる「スリッポン」にその商標を使用して販売していたところ、「スリッポン」は「サンダル類」ではなく、「それ以外の履物」にあたるため取り消しを請求されたというものです。

2、商標登録取消の根拠条文

この事件で商標登録を取り消すべきと主張される根拠になったのが商標法53条です。
再掲しますと商標法53条には次のように規定されています。

「専用使用権者又は通常使用権者が指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であって商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる」

3、商標法53条の例外規定

さて、この商標法53条には但し書きがついています。

「ただし、当該商標権者がその事実を知らなかつた場合において、相当の注意をしていたときは、この限りでない。」

そこで、この事件でYとなったYは自社の登録商標が取り消されないために、もちろんこの但し書きに該当する旨の主張を行いました。
今回取り上げるのは、この主張に対する裁判所の判断です。

4、商標法53条但し書きについてのYの主張

(1)

法53条1 項ただし書の「当該商標権者がその事実を知らなかった場合において,相当の注意をしていたとき」については,東京高判平成11年12月21日が判示するとおり,「商標権者が,専用使用権者ないし通常使用権者の登録商標に類似する商標の使用が「混同を生ずるもの」ではないと判断しており,かつ,相当の注意を払っても,それが「混同を生ずるもの」であると判断することができなかった場合を含むもの」と解すべきである。
したがって,問題となる商標が使用された事実を知っていたとしても,それにより「混同を生ずる」との認識がなかった場合にはなお,「当該商標権者がその事実を知らなかった場合」に当たるというべきである。
そして,本件では,Yは,使用権者商標が使用された事実を知っていたとしても,それにより「混同を生ずる」との認識がなかった。
まず,Yは,X商品が販売されていたこと自体,そもそも認識していなかった。
また,X使用商標の態様(イギリス国旗と併せて表示すること)や,白地に赤と青の線といったX商品のデザインが,アドミラルブランドの商品に伝統的に使用されており,独創性がないものであることなどに鑑みれば,Yとしては,使用権者商品のデザインについてはパブリックドメインに属するものであると考えるのが自然であった。
したがって,X商品と使用権者商品が似ていたことは,Yに,混同が生ずるという認識があったと考えることの根拠にならない。

(2)

また,Yは,以下のとおり,「相当の注意」をしていた。

本件の使用権者Zは,靴の製造販売業者として国内最大手の東証一部上場企業かつ会社法上の大会社で,厳しい法令順守義務を負っているものであり,商標についての不正使用の前歴の風評もない会社であるから,Yは,使用権者の選定において,相当高度の注意を払っていた。

Yは,本件ブランドに係る各商標権が,靴についてはXに,サンダルについてはYに分割譲渡されたことから,両者の間で問題が生じないように,特に注意を払い,使用権者の使用状況に関しては,新製品のデザインにつき全て事前承認を必要とし,他人の商標権の侵害とならないかについては専門家である弁理士のアドバイスのもと判断し,使用を許可していた。

また,Yは,将来紛争とならないように弁理士にアドバイスを求め,「靴とサンダルの区別がつくように,サンダルの箱,取扱説明書及び下げ札に,『サンダル』と記載するように」との具体的な指示を受けたため,Zにその旨指示し,下げ札には「販売元 (株)Z」との記載を,下げ札,取扱説明書,サンダルの箱には「Admiral SANDALS」の記載を付させていた。
さらに,Zの商品であることが明らかとなるよう,取扱説明書には「www.chiyodagrp.co.jp」と記載させるなどしていた。

X商品のデザインについては,前記(1)のとおり,何ら独創性のないパブリックドメインに属するデザインであるから,Yは,Xがこのようなデザインの商品を扱っていないかを調査すべき注意義務を負うものではなく,Zが使用権者商品に係るデザインを使用したことは,Yの注意義務違反を根拠づける事実足りえない。

(3)

なお,靴とサンダルとの分割譲渡に同意しておきながら,靴とサンダルとの権利者が異なることについて需要者に周知させるための活動も行わず,需要者において「混同を生ずるおそれ」があるとしてサンダルに関しての商標権の取消しを求めるなどというXの行為は,信義則違反又は権利濫用と評価されるべきである。

5、裁判所の判断(Yは,法53条1項ただし書の「当該商標権者がその事実を知らなかった場合において,相当な注意をしていた」といえるか。)

(1)

証拠及び弁論の全趣旨によれば,Yは,Zが本件商標を付して販売する商品については,販売前にZから写真とともに報告を受け,これをYが確認した上で,販売を承諾することとしており,使用権者商品についても,事前に報告を受け,その全体の形状,デザイン,商標を付す位置や構成も知っていたことが認められる。
もっとも,Yは,当時,X商品が販売されていたこと自体をそもそも認識していなかったから,不正使用の事実を知らなかった場合に当たると主張する。
しかし,仮に同主張を前提としても,Yは,本件商標権から引用商標権が分割され,「履物(サンダル等を除く)」と,「サンダル等」という類似する指定商品について同一の商標に係る商標権が異なる権利者に移転され,サンダル等以外の履物についての商標権者であるXが,引用商標と同一又は類似する商標を付したタウン・シューズを当時既に販売していたことは認識していたのであり(弁論の全趣旨),そうである以上,Yは,使用権者に新たに本件商標を使用させるに当たっては,Xの商品の周知の程度やXの商品における引用商標の具体的な使用態様を確認し,使用権者商標の具体的な使用態様が,Xの業務に係る商品との具体的な混同を生ずるおそれがないかどうかについて注意をする義務を負っていたというべきである。
そうすると,仮にYが当時,具体的にX商品自体を認識していなかったため,使用権者商標の具体的な使用態様が,Xの業務に係る商品におけるX使用商標の使用態様と酷似し,同商品との混同を生ずるおそれがあることを知らなかったとしても,Yは,そのような混同が生じるおそれがあることを知るための相当の注意を欠いていたというべきである。

(2)

これに対し,Yは,①X使用商標の態様や,X商品のデザインは,本件ブランドの商品に伝統的に使用されており,独創性がないものであることなどに鑑みれば,使用権者商品のデザインについてはパブリックドメインに属するものであると考えるのが自然であり,Xがこのようなデザインの商品を扱っていないかを調査すべき注意義務は負っていなかった,②Yは使用権者の選定において相当高度の注意を払っていた,③使用権者の使用状況については弁理士のアドバイスに従って事前承認をしていた,④弁理士のアドバイスによって,靴とサンダルの区別がつくように,Zの商品に下げ札には「販売元 (株)Z」との記載を,下げ札,取扱説明書,箱には「Admiral SANDALS」との記載を,取扱説明書には「www.chiyodagrp.co.jp」との記載をさせていたから,相応の注意をしていたなどと主張する。
しかし,①については,前記のとおり,X使用商標の使用態様やX商品のデザインが,本件ブランドの履物に伝統的に使用されているものであるとは認められず,独創性がないものであるとも認められないから,Yの主張はその前提を欠き,Yが,Xの商品における引用商標の使用態様を調査すべき注意義務を負っていなかったとはいえない(そもそもYは,商標権が,靴についてはXに,サンダルについてはYに分割譲渡されたので,両者の間で問題が生じないようにする必要があるとの認識を有していたので,Zの商品の事前承認をしていたと主張しながら,Xの代表的な人気商品であるX商品の存在すら認識していなかったというのであり,何らXの業務に係る商品についての調査を行っていなかったことが明らかである。)。
②については,商標権者は,使用権者の選定だけではなく,その監督義務をも負うものであるから,選定のみで十分な注意義務を果たしたものとはいえない。
③については,弁理士のアドバイスの下に事前承認をしていたといっても,その内容は,個別具体的な事例について,Zのデザインが「サンダル靴に当たるか否か」についてのアドバイスであったというのであり,Xの業務に係る商品との混同のおそれについてのアドバイスを受け,これについて相当の注意をしていたものとは認められない。
④についても,取引者及び需要者が通常有する認識及び注意力を前提とすれば,Yの主張する措置をもって,使用権者商品についての出所が,X使用商標によって表示されるXの販売する商品とは異なる出所に係る商品であることを,需要者に対して明示するものとしては足りないというべきであり,相当の注意をしていたものとは認められない。

(3)

したがって,Yについて,法53条1項ただし書の抗弁が成立するものとは認められない。

(4)

なお,Yは,Xが,靴とサンダルとの分割譲渡に同意しておきながら,靴とサンダルとで権利者が異なることについて需要者に周知させるための活動も行っていないにもかかわらず,本件商標の登録の取消しを求める行為は,信義則違反又は権利濫用と評価されるべきであるとも主張する。
しかし,X使用商標は,使用権者商品の販売開始時点において,カジュアル・シューズの分野では,Xの販売する商品を表す商標として需要者及び取引者に相当程度認識されていたものであり,そのような取引の実情の下,ZがXの商品と具体的な混同を生ずるおそれがある態様で使用権者商標の使用を開始したにもかかわらず,Xの方がYの主張するような周知活動を行わなければ,本件商標の登録の取消請求をすることが信義則違反又は権利濫用に当たると解すべきような事情があるとは,本件全証拠によっても認められないから,Yの主張は採用できない。

6、これから商標登録した後に、譲渡をする又は譲渡を受ける場合は

今回取り上げた事件では、Yによる分割後の登録商標に使用は、Xに分割譲渡された登録商標と混同を生じることになるので、取り消しを免れないとされました。
これから登録商標の譲渡を受ける際には、その指定商品がどのような商品をカバーしているのかを注意深く検討することが重要です。
さもなければ、類似商標が混同を生じるとして、せっかく譲渡を受けた登録商標が取り消される可能性が出てくるからです。
取り消されてしまっては元も子もありませんので、くれぐれも指定商品の確認はお忘れにならないでください。

 

 

この記事は、知財高判平成27年5月13日(平成26(行ケ)10170)を元に執筆しています。