前回に引き続き、フランチャイザーとフランチャイジーの関係にある等、一定の取引関係にあるものが相手方の使用商標を商標登録した場合に、果たして商標登録を受けることが出来るのかについてみていきたいと思います。

前回の事例ではフランチャイザーが商標登録の更新を怠っていたために権利が失効してしまったことを契機にフランチャイジーがした商標登録は商標法4条1項7号の公序良俗違反であるとされました。

フランチャイズ当事者の商標をめぐる争い1~のらや事件~

 

今回は、前回とは異なり、フランチャイジーによるフランチャイザーの使用商標を商標登録した場合であっても公序良俗とは言えないと判断された事例をご紹介します。

 

1、フランチャイジーによる商標登録の経緯

(1)XとYの関係

ア Yは、加盟店を募って、低料金、高品質を売りものしたエコノミーホテルを、パートナーシップと呼ぶ方式により展開している。
イ Xは、Yに対し、「エコノミーホテル企画運営申込書」と題する書面によって、エコノミーホテルの企画運営業務の申込みをし、コンサルタント契約書を取り交わし、Yとの間で、Xが開業予定のホテル「(仮称)ハイパーホテル青森」の運営に関するコンサルタント業務をXがYに委託し、委託料として1700万円を支払うこと等を内容とするコンサルタント契約を締結するとともに、「(仮称)ハイパーホテル青森」新築に伴う別途工事(客室家具、什器備品、ビデオ、サイン、コンピュータシステム等の工事)の施工について、Xを発注者、Yを請負者とし、工事価格を9330万円とする別途工事請負契約を締結した。
ウ さらに、パートナーシップ契約書を取り交わし、Xは、Yとの間で、エコノミーホテル事業に関するパートナーシップ契約を締結した。
同契約は、①Yのローコストオペレーションシステムに基づくエコノミーホテル事業を、Yが総本部となってパートナーシップ方式により展開するに当たり、Xにエリアパートナー本部としての役割、権限を与えること、②Yは、Xに対し、Yの定めた商号・商標、並びに営業ノウハウを使用することを許諾すること、③Xは、Yに対し、加盟料及び負担金を支払うこと、④Yは、Xに対し、「ローコストオペレーションシステム」に関する資料、情報等を提供し、エリア内の加盟店を募集するために必要な営業ツール、マニュアル等を支給すること、⑤宿泊料金はYの定める料金体系によること、⑥Xは、Yの指示に従って事業に必要な物品を調達、使用し、加盟店に供給すること等を定めたものである。Xは、同契約により、Yが総本部として展開するエコノミーホテル事業の東北ブロックのエリアパートナーとなった。
エ Xのホテルは、「ハイパーホテル青森」の名で平成11年4月に開業し、以来、同名称で営業を続けている。

(2)Y及びXによる商標登録出願

ア Yは、Xからエコノミーホテル企画運営の申込みを受ける前の平成9年4月8日に、「ハイパーホテル」の片仮名文字と「HYPER HOTEL」の欧文字を二段に併記してなる商標(以下「Yハイパーホテル商標」という。)を、第42類「宿泊施設の提供、宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ、飲食物の提供、入浴施設の提供」を指定役務として商標登録出願したが、この出願は、麒麟麦酒株式会社の有する登録商標「ハイパー/HAPA」(以下「麒麟ハイパー商標」という。)を引用され、商標法4条1項11号に該当するとして、平成10年10月2日に拒絶理由通知がされ、同11年1月25日付けで拒絶査定がされた。
この拒絶査定は、Yからの不服申立てがされることなく、確定した。
イ Xは、平成12年4月24日、麒麟ハイパー商標について商標法50条による不使用取消審判を請求するとともに、同日、本件商標の商標登録出願をし、平成13年8月24日に本件商標に係る商標権の設定登録を受けた(麒麟ハイパー商標は、Xが請求した上記不使用取消審判の審決により、登録が取り消されている。)。
なお、本件商標登録出願について、Yの了承を得たかどうかはともかくとして、Xは、出願の意思を事前にYに伝えた(弁論の全趣旨)。
ウ 一方、Yは、平成12年8月14日、第42類の「宿泊施設の提供」等を指定役務として、商標「HOTEL1-2-3 ホテルワン.ツー.スリー」を登録出願し、平成13年10月19日に同商標の商標権設定登録を受けた。
エ Xは、平成13年10月ころ、本件商標についての通常使用権設定契約書をYに対し提示した。

(3)Yグループのエコノミーホテル事業について

ア Yは、Y代表者の開発した「ローコストオペレーションシステム」に基づくエコノミーホテル事業をパートナーシップと呼ぶ方式で展開している。その方式は、Yが本部となって全国を11ブロックに分け、ブロック毎にエリアパートナーと呼ぶパートナーを募り、各エリアパートナーはエリア本部となって加盟店を募り、エリアパートナー及び加盟店は、Yの定める商標・商号の下に、Yの営業ノウハウを使用し、Yの経営指導と料金体系の下に、自らが経営主体として、エコノミーホテル事業を行うというものである(以下、Yとそのエリアパートナー及び加盟店を総称して「Yグループ」ということがある。)。
イ 上記パートナーシップ方式で開業したホテルには、以下のものがある(ただし、①の「ハイパーホテル青森」(X経営)は、後記ウのYグループのホームページには掲載されていない。)。-中略-
ウ 平成15年1月ころのYホームページの画面を印刷したものと認められる甲11号証には、「ホテル1-2-3グループ」、「HOTEL 1-2-3GROUP」のグループ名表記の下に、「ホテル・旅館紹介(タイプ別)」「ホテル1-2-3」として、上記イの②ないし⑬のホテルの名称及び所在地が掲載されている。

2、本件商標登録についての裁判所の判断(本件商標の商標法4条1項7号該当性について)

(1)商標法4条1項7号についての一般論

商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的妥当性を欠き、その商標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合には、その商標は商標法4条1項7号にいう商標に該当することもあり得ると解される。
しかし、同号が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」として、商標自体の性質に着目した規定となっていること、商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同法4条1項各号に個別に不登録事由が定められていること、及び、商標法においては、商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮するならば、商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法4条1項7号に該当するのは、その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである。

(2)本件に関しての公序良俗違反についての考察

本件において、Xが本件商標の登録出願をしたのは、Yハイパーホテル商標の登録出願が麒麟ハイパー商標と類似するとの理由により拒絶査定を受け、これに対しYから不服申立てがなされることもなく、拒絶査定が確定した後、1年以上を経過した時期(平成12年4月)のことであり、当時、Xは、既に「ハイパーホテル青森」の名でXのホテルを開業し、営業していたのである。
他方、上記拒絶査定後、Yが片仮名文字の「ハイパーホテル」又は欧文字の「HYPER HOTEL」からなる商標(以下、一括して「ハイパーホテル商標」という。)の商標権取得に向けて何らかの方策を講じたことを窺わせる事実はない(かえって、Yは、平成12年8月には、商標「HOTEL1-2-3 ホテルワン.ツー.スリー」の登録出願をし、平成13年以降は、Yグループの新たに開業するホテルに「1-2-3」の表示を付加した名称を使用するようになっている。)。
このような事情の下で、Xが本件商標を登録出願し、商標登録を取得(平成13年8月)したことは、既に営業を開始していたXのホテル営業について、ハイパーホテル商標を安定して使用し得る地位を確保するための安全策という要素を持つものであって、X自らが商標登録出願することが当時の状況の下で最善の選択であったかどうかはともかく、その商標登録出願から商標権取得に至る行為をあながち不当、不徳義と評価することはできない。
また、上記の経緯からすれば、Xの本件商標登録出願が不正の目的でなされたと断定することもできない。

(3)特許庁の主張についての判断

被告は、Xが本件商標の登録出願をし設定登録を受けた行為は、社会の一般的道徳観念からすればYに対する背信行為であり、到底容認し得ないと主張し、その主張を理由づける事情として、(ア)Xは、Yの運営するパートナーシップグループに加盟するホテルの共通名称として「ハイパーホテル」が使用されることを知っており、Xがハイパーホテル商標の商標権を取得すれば、Yグループの業務運営に支障を来すことを予測し得たこと、(イ)X自身、Yのパートナーシップグループに加盟しており、商標使用についてはYの指示に従う契約上の義務があったにもかかわらず、本件商標の登録出願についてYの許諾を得ていないこと、(ウ)本件商標の出願当時、X自らが本件商標の登録出願をしなければならない必要性はなく、本件商標権取得後にXがYに対して本件商標の使用について使用許諾の対価を要求したことは、出願が不正な目的でされたことを推認させる、などの点を挙げる。
本件において、Xが本件商標を登録出願し商標登録を得た経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあるといえないことは前記(2)のとおりであるが、以下に、上記(ア)ないし(ウ)の点について補足する。
まず、Yグループの業務運営に対する支障という(ア)の点についてみるに、Xがハイパーホテル商標について商標権を取得しても、Yグループが「ハイパーホテル」なる表示をその業務について使用することについては、YとXとの間の契約関係を踏まえ、さらには、先使用権、権利濫用等の法理をも考慮に入れた権利関係の調整についての法的可能性がないわけではなく、Xによる本件商標権の取得が不可避的にYグループの業務運営にとって支障になるということはできない。
したがって、Yグループの業務運営に支障が生ずることを予測し得たからXの行為は背信的である旨の被告の主張は、理由がない。
付言するに、前記1に認定した本件の事情の下で、本件商標「ハイパーホテル」の使用関係をXとYグループとの間でいかに律するかは、当事者間における利害の調整に関わる事柄である。そのような私的な利害の調整は、原則として、公的な秩序の維持に関わる商標法4条1項7号の問題ではないというべきである。
次に、本件商標登録出願についてYの承諾を得なかったことをいう(イ)の点についてみるに、XがYとパートナーシップ契約を締結してYグループのエリアパートナーとなった時期に、Yグループのホテルの共通名称として「ハイパーホテル」を使用することが予定されていたことは認められるが、当時、Yハイパーホテル商標は、商標登録ができるかどうかが未確定の状態にあったから、上記共通名称の採択及び使用については、不確定な要素が残されていたということができる。この点について、パートナーシップ契約自体をみると、同契約には、3条に「甲(判決注、Y)が定めた商号・商標・・・を使用することを許諾する。但し、その使用にあたっては、甲の指示に従わなければならない。」と規定されるのみで、同契約による使用許諾の対象たる商標は、特定明示されておらず、その付表にも「エコノミー(ハイパー)ホテル」という「ハイパー」を括弧内に入れた表現が3箇所に認められるのみである。
そして、同契約3条の「使用にあたって、甲の指示に従わなければならない。」という規定は、使用許諾に係る商標の「使用」をする場合の制限を定めたものであるから、この条項自体を根拠として商標の出願行為自体が禁止されるものということはできない。
さらに、パートナーシップ契約締結後に、Yハイパーホテル商標の登録出願が拒絶査定され、Yがこれに対する拒絶査定不服審判の請求やハイパーホテル商標の登録について障害となる麒麟ハイパー商標に対する不使用取消審判請求等の手段を何ら講じなかったことからすると、Yは、その時点で既にハイパーホテル商標の商標権を取得するための真摯な努力を放棄していたと評価し得るのであって、パートナーシップ契約がそのようなYにおいて事実上出願意思を放棄した商標についてまで商標登録出願を禁じる拘束力を有するものとは解し難い。
さらに、(ウ)として、被告は、麒麟麦酒株式会社から麒麟ハイパー商標に基づく権利行使(警告等)がなされた事実はないから、X自らがハイパーホテル商標を登録出願する必要はなく、Xの行為は不合理であると主張するが、当時、特許庁においてYハイパーホテル商標と類似すると判断された麒麟ハイパー商標の商標権が存在することによる潜在的危険は存在していたのであるから、必要がなかったというのは事後的な評価にすぎず、現実には権利行使がなされなかったという事実を理由にXのした出願行為が不合理であったということはできない。
また、本件商標権の取得後にXからYに対して本件商標の使用許諾に関する契約書案が提示されたとしても、これがXの側からされた権利行使の意図に基づく使用料の要求であることを認めるに足りる証拠はない。
被告が主張する諸事情は、これを総合しても、Xに不正の目的があったことを認めるには不十分である。

(4)結論

以上、被告の主張するところをすべて考慮しても、Xが本件商標を登録出願し商標権を取得した行為が著しく社会的妥当性を欠き、その登録を容認することが商標法の目的に反するということはできず、本件全証拠によっても本件商標が商標法4条1項7号に該当する商標であったと評価すべき事情を認めることはできない。
したがって、本件商標の出願がされた経緯を理由として、本件商標を商標法4条1項7号に該当するとした決定の判断は、誤りである。

3、他社の使用商標を商標登録する際のリスク再考

今回の事例と前回の事例は、フランチャイズ契約を締結した当事者同士における同一の商標をめぐる争いです。
しかし、結論は分かれました。
前回の事例ではフランチャイジーによる商標登録は公序良俗に反するとされたものが、今回の事例では公序良俗に反するものではないとされたのです。
その差はどこにあるのかということですが、一つには、フランチャイジーが商標登録に至った経緯が重要な判断要素となっています。
前回に事例ではもともとの商標権者が更新作業を怠っていたことに乗じてフランチャイジーが商標登録したのに対して、今回の事例ではフランチャイザーが商標の保護にあまり熱心ではなかったことやフランチャイジーが自社で商標の保護を図る必要性があったことが重要視されました。

公序良俗違反を定めた商標法4条1項7号の適用範囲を広く考えるのか、あまりにも漠然とした規定のため制限的に適用するのかという、そもそも論の段階での判断の違いも影響したものと思われます。

いずれにせよフランチャイズ契約を締結し、一定の緊密な関係にある以上、その商標の取り扱いについては細心の注意を払い事前に契約内できちんと取り決めておく必要があります。
そのうえで、やはり自社の事業の継続性から商標登録することが必要と判断したのなら、ためらわずに出願すべきということになるのではないでしょうか。

 

 

この記事は東京高判平成15年5月8日(平成14(行ケ)616)を元に執筆しています。