商標の中には、他人の登録商標と似ているわけではないけれど、そもそも商標登録を受けることができない商標というものが存在します。
それは、その商品そのものの普通名称であったり、商品アイスクリームについて商標「高級」や「おいしい」など商品の品質や内容を表す商標です。
これらの商標は特定の者に独占的な使用を許すことが適当でないことから商標登録を受けることができないとされています。

このように、そもそも商標登録を受けることができない商標というのは文字商標が多く、ロゴマークなどの図形商標が該当することはあまりありません。
しかし、時々、図形商標でも商標登録を受けることができないとされることがあります。

今回紹介するのは、スプレーを使用している人物図の商標登録の可否が争われた事件です。

1、事件の概要

原告が商品「スプレー式の薬剤」について商標登録しようとした商標は次のようなものでした。

スプレー使用

この商標に対して特許庁は、このように判断しました。
(1) 本願商標は,上記の構成からなり,「スプレー式の薬剤」を指定商品とするものであるところ,右手にスプレーを持ち,首筋から背中にかけてスプレーを噴霧している人物の様子を表した図であると看者に容易に理解させるものである。
(2) 商品の包装用箱等に,商品を身体の特定の部位に使用している人物を示す図を用いることは,広く一般的に行われている。
従って、本願商標は,自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないものであり,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであるから,商標法3条1項6号に該当し(つまり、そもそも商標登録を受けることができない商標に該当する),登録を受けることができない。

この特許庁の判断を不服として原告は裁判所に特許庁の判断の取り消しを求めたのです。

2、商標登録の可否についての裁判所の判断

(1) 商標法3条1項6号の趣旨

商標法は,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もつて産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」ものであるところ(同法1条),商標の本質は,自己の業務に係る商品又は役務と識別するための標識として機能することにあり,この自他商品の識別標識としての機能から,出所表示機能,品質保証機能及び広告宣伝機能等が生じるものである。同法3条1項6号が,「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」を商標登録の要件を欠くと規定するのは,同項1号ないし5号に例示されるような,識別力のない商標は,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって,自他商品の識別力を欠くために,商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。

(2) 本願商標の構成

本願商標は,別紙のとおりであり,右手にスプレーを持ち,首筋から背中にかけてスプレーを噴霧して,薬剤を使用している人物の様子を表した図形からなるものである。
なお,本願商標は,女性の背中に生じるニキビ専用の治療薬である原告の商品「アクネージア ニキビ薬」の包装用箱に使用されている。

(3) 本願指定商品に係る取引の実情


スプレー式の薬剤や化粧品等において,商品の用途や使用方法等を示す図が商品の包装用箱や容器に用いられているものが存在する。
その図の多くは,手にスプレーを持ち,噴霧する身体の部位にスプレーを噴霧している人物の様子が表されているものである。
その中には,背中に生じるニキビ用の,スプレー式の薬用化粧品について,手にスプレーを持ち,首筋から背中にかけてスプレーを噴霧して,薬剤を使用している人物の様子を表した図形からなるものが商品の包装用箱に付されているものも存在する。


スプレー式の薬剤や化粧品等において,その商品の使用方法や使用部位等を説明するため,添付文書や商品のウェブサイト等にこれを使用している様子が図示されているものが一般的に存在する。
なお,スプレー式のものに限らず,薬剤又は化粧品・衛生用品等の分野において,その商品の用途や使用方法等を説明するために,商品の包装用箱やウェブサイト等に,商品を身体の特定の部位に使用している人物を示す図が用いられている。


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(4) 商標法3条1項6号該当性


本願商標は,指定商品「スプレー式の薬剤」において,右手にスプレーを持ち,首筋から背中にかけてスプレーを噴霧して,薬剤を使用している人物の様子を表した図形である。
前記(3)認定のとおり,薬剤及び薬剤と需要者の共通性が高い化粧品や衛生用品等の分野において,その商品の用途や使用方法等を説明するために,商品の包装用箱等に商品を身体の特定の部位に使用している人物を示す図を用いることは,広く一般的に行われており,このことはスプレー式の商品についても同様である。
そうすると,本願商標をスプレー式の薬剤に使用する場合に,商品の用途や使用方法等を説明するための記述的な表示と理解されることがあり得るから,そもそも,本願商標が自他商品の識別標識として機能するとは限らない。


スプレー式の薬剤を使用している様子を図示する方法は,多様にあり,人物の描写,背中等身体の部位の見せ方,スプレーの噴射方法等において差異があり得るものの,現に,背中に生じるニキビ用の薬用化粧品について,手にスプレーを持ち,首筋から背中にかけてスプレーを噴霧して,薬剤を使用している人物の様子を表した図形からなるものが存在することは,前記(3)ア認定のとおりである。
そのうち,背中に生じるニキビ用の薬用化粧品である「アクネスラボ ボディローション」の包装用箱に付された図形は,本願商標と同様に,人物の顔の表情は見えず,胸から上の上半身を背中側から表し,その首筋から背中にかけて手に持ったスプレーを噴霧する様子が描かれており,スプレーを持つ手が右手か左手かが異なり,顔の一部が切れている等の相違はあるものの,本願商標に類似するものである。
また,背中に生じるニキビ用の薬用化粧品である「プロフェール 薬用ゴールデンスムーサー」の容器に付された図形は,人物の頭部の下方部分から,腰より上の上半身を,背中側から表し,その肩から下の背中にかけて手に持ったスプレーを噴霧する様子が描かれており,スプレーの持ち方や表現された身体の部位等が異なるものの,全体として,本願商標に類似するものである。


以上のように,スプレー式の薬剤及び薬剤と需要者の共通性が高い化粧品や衛生用品等の分野において,その商品の用途や使用方法等を説明するために,商品の包装用箱等に,商品を身体の特定の部位に使用している人物を示す図を用いることは,広く一般的に行われていること,上記のような図は,現に,背中に生じるニキビ用の薬用化粧品について,本願商標に類似の図形からなるものが存在するなど,一般的に使用される標章であることに照らすと,本願商標は,「スプレー式の薬剤」について特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,自他商品の識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものであるといわざるを得ない。

(5) 原告の主張について


原告は,商品の包装用箱における図示の例が一般的であるとの事実は認定し得ないと主張する。
しかしながら,包装用箱において商品の用途や使用方法等を図示する例が多数存在することは,前記(3)アのとおりであるから,原告の上記主張は失当である。


原告は,商標法3条1項各号の適用に関しては,審査対象が自他商品の識別標識として使用されることを前提に判断すべきであり,包装用箱の正面中央という目立つ位置に表す場合であれば,自他商品識別機能を有する旨主張する。
しかしながら,商品の包装用箱に商品の用途や使用方法等が図示されている例も多数存在するから,本願商標が指定商品の包装用箱に使用される場合であっても,需要者は,商品がスプレー式であることや,スプレーを噴霧する身体の部位等を示すための図の一種であると認識するにとどまり,何人かの業務に係る商品であるか認識することができないといわざるを得ない。
また,本願商標が上記のような方法以外により使用されることもあり得るものであり,原告の上記主張は,採用することができない。


原告は,本願商標にユニークな特徴があり,女性が背中にスプレーを吹きかける内容を表現する仕方には,本願商標のほかにも相当程度のバリエーションがあるから,その一つを原告が独占しても,他の事業者における標識選択の余地を狭めることにはならない旨主張する。
なるほど,スプレー式の薬剤を使用している様子を図示する方法は,多様にあり,人物の描写,背中の見せ方,スプレーの噴射方法等において差異があり得るものである。
しかしながら,現に,背中に生じるニキビ用の薬用化粧品について,手にスプレーを持ち,首筋から背中にかけてスプレーを噴霧して,薬剤を使用している人物の様子を表した図形からなるものが存在することは,前記(3)及び(4)のとおりであり,原告の上記主張も採用することができない。

(6) 小括

よって,本願商標は,「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」として,商標法3条1項6号に該当する。

3、これから商標登録する際に

原告の主張にもうなずける部分は多々あるのですが、残念ながら裁判所には受け入れてもらえず、商標登録を受けることができませんでした。

ロゴマーク等の図形商標がそもそも商標登録を受けることができない商標に該当するということは余り問題とはならないと思いますが、こういった事件もあるということを念頭にデザインを考えてみてください。

 

 

この記事は知財高判平成25年1月10日(平成24(行ケ)10323)を元に執筆しました。