商標登録の要件の1つに、「著名商標と混同のおそれが生じないこと」があります。
この要件について判断が難しいのは、そもそも「著名商標」の著名とはどの程度有名である必要があるのかといった点と、市場で「混同」が生じると言えるのかという点が個別判断となりあらゆる事情を参酌しなければならないからです。
この判断の難しさは、どんなプロが行っても同様であり、特許庁の判断と裁判所の判断が分かれることもままあります。
今回ご紹介するのは、商標の著名性を巡って特許庁の判断と裁判所の判断が分かれた事件です。
1、商標登録の取消事件の概要
被告は,平成20年7月11日,「ボロニアジャパン」の片仮名を標準文字で表してなり,第30類「菓子及びパン」及び第35類「菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を指定商品及び指定役務として(以下「本件指定商品等」という。),商標登録出願し,平成21年4月10日に登録査定を受け,同年5月1日に設定登録を受けていました(登録第5227427号商標。以下「本件商標」という。)。
この登録商標に対して、自社の商標「ボロニア」が著名であり、混同を生ずるから取り消せと主張したのが原告です。
特許庁では、原告の主張は受け入れられず、被告の登録商標の取り消しは認められませんでした。
そこで、原告が裁判所に対して特許庁の判断の取り消しを求めたのが本事件です。
2、商標登録の取消についての裁判所の判断
一、認定事実
(1) 引用商標について
ア 原告は,昭和40年に,食料品の販売及びこれに附帯する一切の業務を目的として設立された。
イ 原告は,昭和54年に京都市の祇園においてパンの製造・販売店「ボロニヤ・BOLONIYA」をオープンした。
原告は,元々はソーセージの名称「ボロニヤソーセージ」に用いられていた「ボロニヤ」をパン屋の屋号として採択し,屋号を「京都祇園ボロニヤ」と称した。
ウ 原告代表者の夫である A は,平成元年頃デニッシュ食パンを考案し,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」という商標を付したデニッシュ食パン(以下「原告商品」という。)の発売を開始した。
エ 原告商品は,デニッシュ食パンの先駆けであり,バターをたっぷり使いパイのように何層にも折り重ねられているのが特徴で,そのバターの風味とふんわりまろやかな食感で人気を博し,評判が口コミで広がって,原告は,平成5年頃には,行列のできる店として評判になった。
オ 原告は,平成8年5月28日,「BOLONIYA」の欧文字と「ボロニヤ」の片仮名を二段に横書きしてなり,第30類「菓子及びパン」を含む商品を指定商品とする引用商標について商標登録出願し,平成15年11月7日,設定登録を受けた。
カ 原告及び原告商品については,「ぴあ 関西版」(平成7年10月3日号。)において,「京都の人気モノ」としてボロニヤ錦店のデニッシュパンについて,「ウワサがウワサを呼び今や大評判のデニッシュ食パン」と紹介され,また、いくつもの著名雑誌等で原告及び原告商品は,「元祖デニッシュ食パン」「全国で評判のパン」「おいしいパン屋さん」「おいしいパン屋のこだわりパン」「並んでも食べたい限定パン」「ボロニヤは…デニッシュ食パンが大人気」などと,雑誌の記事等でも度々採り上げられた。
キ A は,息子であり原告の専務取締役であった B とともに,原告商品の販路の拡大と「BOLONIYA」「ボロニヤ」の一元的管理を目指して,平成9年,株式会社ボロニヤを設立し,被告を始めとする各社とフランチャイズ契約を締結した。
原告商品を販売する店舗(工場を含む。)は,平成10年8月時点で,北海道10店舗,新潟県5店舗,関東地方28店舗,東海地方13店舗,関西地方23店舗,四国6店舗,中国地方4店舗,九州66店舗の,合計155に上った。
その中には,大丸,東武,阪急,高島屋,そごう及び銀座プランタン等の百貨店や,JR及び私鉄の駅などの店舗もあった。
ク A は,平成10年,株式会社東京ボロニヤを設立し,東京での販売を行った。
(2) その後の状況
ア 株式会社ボロニヤは,経営陣の折り合いが悪く,まもなく事業活動はほぼ不可能となり,フランチャイズ契約も徐々に解消されていった。
イ ―省略―
ウ 株式会社ボロニヤは,平成20年6月30日解散し,同年9月30日に清算結了した。また,株式会社東京ボロニヤは,同年10月29日に破産手続が開始され,平成21年1月29日,破産手続廃止の決定が確定した。
エ 原告の平成21年頃の店舗は,京都本店のほか,関西地方19店舗,中国地方2店舗,東海地方1店舗及び新潟県7店舗であるが,原告においては,平成18年からウェブサイトにおける直販を始めたほか, 平成20年からYahoo!の販売サイト,平成22年から楽天市場の販売サイトに出店し,その他bidders,Amazon などにも出店し,インターネット上の通信販売が中心になってきた。
そして,いわゆる「お取り寄せ」ブームなどの影響もあり,平成24年にはインターネット(楽天市場)におけるデニッシュパンの売上げランキングで第1位を獲得した。
オ 原告及び原告商品については,最近も,ABC朝日放送「おはよう朝日です」(平成23年9月29日放送。)において,原告商品が採り上げられる等、マスコミ、雑誌記事に紹介されたりしている。
(3) 被告の本件商標の使用状況
ア 被告は,株式会社ボロニヤの発起人であり,被告代表者 Y は,平成9年当時,株式会社ボロニヤの取締役であって,「ボロニヤ」の名称を使用して原告のパンの販売事業に関与していた。
イ 原告と被告は,平成11年4月30日,被告が「BOLONIYA」「ボロニヤ」ブランドによるパンの販売事業から撤退するに当たり,以下の内容の基本合意書を締結した。
(ア) Y は,株式会社ボロニヤの取締役を辞任する。
(イ) 被告は,既に使用している「ボロニヤ」又は類似の名称,商号,商標,商品名,ロゴ等の使用を平成11年5月1日までに廃止する。
(ウ) 被告又は Y は,デニッシュ食パンの製造又は販売に関し,「ボロニヤ」と同一又は類似の名称,商号,商標,商品名,ロゴ等を自身が使用しないのみならず,第三者をして使用させることもしない。
ウ 被告は,平成20年7月11日,本件商標登録出願をした。
エ 被告は,「BOLONIA.JP」というドメインネームを取得し,「BOLONIAJAPAN」(ボロニアジャパン)というウェブサイトにおいて「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」と記載した上で,デニッシュパン等を販売している。
また,被告は,楽天市場でも,「BOLONIAJAPAN」について「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」「京都祇園ボロニア ジャパン」「BOLONIAデニッシュ」などと記載した上で,デニッシュパン等を販売している。被告の販売するデニッシュ食パンも,平成23年以降,楽天市場における売上げランキングで,第1位を獲得している。
オ 被告のレシートにおいては,「BOLONIA」と大きく記載され,その下に小さく「JAPAN」と記載されている。
二、 取消事由2(商標法4条1項15号に係る判断の誤り)について
(1) 商標法4条1項15号
「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。
そして,上記の「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
(2) 混同を生ずるおそれの有無
ア 商標の類似性の程度
(ア) 本件商標は,「ボロニアジャパン」の片仮名からなり,「ボロニア」と「ジャパン」からなる結合商標である。
本件商標の構成中「ジャパン」の部分は,我が国の国名「日本」を表す語であって,日本と何らかの関係性がある会社や商品であることを示すために,商号や商標の一部に含めることが広く一般的に行われており,自他商品の出所識別力は乏しく,出所識別標識として支配的な印象を与えるものではない。
他方,本件商標の構成中「ボロニア」の部分は,イタリアの地方・都市名であり,ボロニア地方が起源とされている「ボロニアソーセージ」(ボロニヤソーセージ)が知られている。
本件商標を構成する「ボロニア」及び「ジャパン」は,上記のとおりいずれもよく知られた概念であり,簡易迅速性を重んずる取引の実際においては,その一部分のみによって簡略に表記ないし称呼されることもあり得るものである。
(イ) 後記イのとおり,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,原告又は原告商品を示すものとして一定の周知性を有している。
なお,原告の「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」は,「ボロニヤソーセージ」の「ボロニヤ」に由来するものであり,イタリアの地方・都市名である。
(ウ) そうすると,本件商標「ボロニアジャパン」を,指定商品のうち「パン」に使用した場合は,「ボロニアジャパン」のみならず,「ボロニア」という称呼・観念も生じることもあり得る。
そして,その場合には,原告又は原告商品を示すものとして周知な「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」と類似性を有するものということができる。
イ 「BOLONIYA」及び「ボロニヤ」の周知著名性及び独創性の程度
(ア) 前記1(1)認定のとおり,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,原告が元々はソーセージの名称「ボロニヤソーセージ」に用いられていた「ボロニヤ」をパン屋の屋号として採択したものである。
そして,「ボロニヤソーセージ」の「ボロニヤ」は,イタリアの地方・都市名であって,これをソーセージではなくパンに用いる場合には,独創性がないとはいえない。
(イ) 前記1(1)認定の事実を総合すれば,平成10年頃までには,原告及びそのフランチャイジーが製造販売するデニッシュ食パンは,「元祖デニッシュ食パン」などとして,全国的に周知となったことが認められる。
そして,原告商品には,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示が使用されていたものであり,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,当時,原告又は原告商品を示すものとして周知性を有していたものと認められる。
前記1(2)認定のとおり,その後,株式会社ボロニヤによるフランチャイズ契約が解消された結果,店舗数が減少し,株式会社ボロニヤの清算や株式会社東京ボロニヤの破産等があって売上げが低下した時期もあったが,原告は,平成20年9月以降,毎年1億円以上の売上げを上げ,平成22年頃からは再び「伝説のパン」「京都祇園ボロニヤの元祖デニッシュ」などとして雑誌等にも採り上げられ,インターネット販売等でも売上げランキング1位を獲得するなど,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,近時も,原告又は原告商品を示すものとして周知性を有しているものと認められる。
そして,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示が,一旦,原告又は原告商品を示すものとして周知性を獲得し,近時も周知性を有していることに照らすと,特段の事情がない限り,その間の期間においても,周知性が継続していたものと推認されるところ,店舗数が減少し売上げが低下した時期もあったものの,インターネットによる通信販売等もあって原告の売上げ自体が大幅に減少したものでもないから,本件商標の登録出願の時点及び登録査定の時点においても,一定の周知性があったものと認められる。
ウ 商品の関連性
本件指定商品等には,「パン」が含まれ,原告を示す表示として周知性のある「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の「デニッシュ食パン」を包含するものである。
よって,原告商品と本件商標の指定商品は,取引者及び需要者が共通する。
エ 本件商標の使用態様と取引の実情
前記1(3)のとおり,被告は,「BOLONIA.JP」というドメインネームを取得して,「BOLONIAJAPAN」(ボロニアジャパン)というウェブサイトにおいて「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」と記載した上で,デニッシュパン等を販売し,楽天市場でも,「BOLONIAJAPAN」について「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」「京都祇園ボロニア ジャパン」「BOLONIAデニッシュ」などと記載した上で,デニッシュパン等を販売しており,被告のレシートにおいては,「BOLONIA」と大きく記載され,その下に小さく「JAPAN」と記載されている。
なお,本件商標の指定商品が日常的に消費される性質の商品であることや,その需要者が特別な専門的知識経験を有しない一般大衆であることからすると,これを購入するに際して払われる注意力はさほど高いものでない。
上記のような被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力の程度に照らすと,被告が本件商標を指定商品に使用した場合,これに接した需要者は,かつて周知性を有していた「京都祇園ボロニヤの元祖デニッシュ」や現在も一定の周知性を有する「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示を連想する可能性がある。
オ まとめ
前記のとおり,①本件商標を,指定商品のうち「パン」に使用した場合は,原告又は原告商品を示すものとして周知な「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」と類似性を有すること(前記ア),②「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,独創性が高いとはいえないものの,「デニッシュ食パン」の分野では,原告又は原告商品を示すものとして一定の周知性を有していること(前記イ),③本件商標の指定商品は,「デニッシュ食パン」を包含するから,原告商品と取引者及び需要者が共通すること(前記ウ),④被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力等に照らし,被告が本件商標を指定商品に使用した場合,これに接した需要者が,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示を連想する可能性があること(前記エ)を総合的に判断すれば,本件商標を,指定商品のうち「パン」に使用した場合は,これに接した取引者及び需要者に対し,原告使用に係る「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示を連想させて,当該商品が原告との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信され,商品の出所につき誤認を生じさせるとともに,原告の表示の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生じかねない。
そうすると,本件商標は,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれがある商標」に当たると解するのが相当である。
3、これから商標登録する際に
「ボロニヤ」が登録商標として存在している場合に「ボロニアジャパン」出願しても類似判断が示されそうなものですが、特許庁では登録が認められ、しかも登録後の取り消しも認められませんでした。
確かに、既存の商標と類似しないぎりぎりの範囲で出願、登録したいということはよくあります。
しかし、このような商標は先に登録している商標の商標権者から異議の申し立てがあったり、無効審判を請求されたりと、登録後に商標の永続性が揺らぐ事態にさらされることがあります。
もちろん、どうしても商標登録したいというご依頼であれば、お引き受けするのですが、取消または無効リスクが生じることをご理解していただきたく思います。
また、今回の事件はもともとの登録商標を有していた会社内におけるお家騒動に起因するところがあります。
登録商標の取り消し、無効を求める事件ではよくあることですが、会社が分たれるような事態に際しては、商標の取扱いを事前にしっかりと契約で定めておくことが肝要です。
この記事は知財高判平成25年3月28(平成24(行ケ)10403)元に執筆しました。