商標が無事登録されると、いよいよブランドの向上、商品・サービスの拡大に乗り出したいところです。
そこで、自社だけでなく、他者と使用許諾契約(いわゆるライセンス契約)を締結して、販売網を拡大することもあるでしょう。
しかし、その契約は細かなところまで文言を詰めておかなければ後々問題を生ずることがあります。
今回、ご紹介する事件は契約文言が不明確であったがために生じた事件(大阪地裁平21(ワ)13559号)です。

1、事件の概要

原告であるXは特定の工法「X工法」を用いて建設された建物の売買について「A」という商標を所有していました。
被告であるYはXから登録商標「A」の使用許諾を受けて建築工事を請け負っていました。
しかし、Yが建設した建物の中には登録商標「A」の使用に際してXと結ばれた契約により使用しなければならないとされていた「X工法」を用いていないものがありました。
そこで、XがYに対して、Yによる登録商標「A」の使用は使用許諾契約に反するとして、商標権侵害で訴訟を提起したというものです。
これに対して、Yは建設工事で土の工法を採用するかは、あくまでYと工事の施主との交渉により決めなれるものであり、本件契約では標準的な仕様として「X工法」が用いられることを意味するにとどまり、具体的な契約締結の場面で,施主との合意により、「X工法」以外の工法を採用することを許さない趣旨ではないとして反論しました。

2、裁判所の判断

①判断の理由
裁判所はYの反論を一部取り入れた上で次のように判示しました。
「建築する建物の標準的な仕様は定められているものの、建物の工事請負という事業の性質からすれば、具体的な施工内容は、施主との交渉によって確定することが当然に予定されているといえる。
―中略―
施主が「X工法」以外の工法を希望する場合には、その後、本件商標を使用することができ・・・ないことになるのは、当事者の合理的意思とはおよそいい難く、原告が販売契約を締結する際に、被告やその他の加盟店に対し、そのような説明をしていたとも認められない。
なお、訴以上を踏まえると、本件販売契約における「X工法」の「標準採用」とは、当該建物に「X工法」を採用することを条件とするものであるが、例外を許さない趣旨ではなく、施主に対し、「X工法」を標準仕様として提示しつつ、施主との交渉の結果「X工法」を採用しないこととなった場合を含むものと解するのが相当である。

②結論
上記認定したところによれば、被告が、施主に対し、本件商標を示して、原告が開発した建物を提示し,同時に「X工法」についても提示したところ、施主の希望により他の施工方法が採用されたような場合、本件商標の出所表示機能、品質保証機能はいずれも害されないということができ、商標権侵害は成立しないと認められる(なお,この場合,被告の債務不履行も成立しない。)。
これに対し、被告が、施主に対し、本件商標を示して、原告が開発した建物のみを提示し、断熱工法として「X工法」以外のものを提示した場合、少なくとも本件商標の品質保証機能は害されるというべきであるから、原告のした許諾の範囲外であるとして、商標権侵害を構成するというべきである。

3、本件からの教訓

本件は、もとはと言えば、使用許諾契約の文言(登録商標の使用条件)が不明確だったことにより両者の諍いが訴訟にまで発展してしまったという不幸な例です。
このように、自社の登録商標の使用を他社に許諾する契約を締結することは多々あります。
ただ、本件が示唆するように、使用許諾契約の締結に際してはどのような商品についてなら登録商標を使用してよいのか、細かなところまで定めておく必要があるということです。
登録商標を付されて販売されている商品や提供されているサービスの品質が低いことは自社のブランドイメージを確実に損ないます。
また、商標法には「専用使用権者又は通常使用権者が指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であって商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」(53条)という条文があり、ライセンス商品の品質が悪いと登録商標そのものが取り消されるというリスクも生じます。

登録商標の使用許諾契約を締結する場合にはくれぐれも品質管理を怠らないようにしてください。