自社の商標を商標登録していないうちに、他者が同じ商標について商標登録してしまったらどうすればいいのでしょう。
商標法上は、自社の商標が全国的に有名な場合は、他者による商標登録が間違いであるとして、特許庁に無効を請求することができます。
しかし、本当に、そんなことが簡単に認められるのでしょうか。
1、商標法の条文
商標法第4条1項15号は「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」は商標登録を受けることができないと定めています。
この条文に言う「商標」は未登録の商標も含まれますが、実務上全国的に有名であることが求められています。
全国的に有名であるということを「周知性」を備えているといいます。
では、そのような場合に「周知性」が認められるのでしょうか。
2、「周知性」についての具体例
原告のX社は自社の商品を示す商標を登録していませんでしたが、被告のY社がほぼ同じ商標を先に登録したので、自社の商標は有名な商標であるにもかかわらず、商標登録がされたのは、上記の商標法4条1項15号に反するとして登録の無効を求めました。
実際の事件では、他の無効理由も主張していますが、今回は「周知性」に関する部分を取り上げます。
3、「周知性」についての裁判所の認定事実
X社による宣伝広告の実情
原告Xは,商品名「Z」化粧品について,A社,B社などが販売元として雑誌に広告を出し,販売していた。
さらに,原告Xは,平成6年9月22日,厚生大臣より医薬部外品製造承認を受け,「Zエース」という名称の化粧品の製造を開始した。
A社らは,当初,原告Xから仕入れた本件化粧品を販売していたようであるが,その後,原告以外から仕入れた商品を販売していたようである。
X社の商品の販売元A社の広告等から、当該商品がX社の商品であると伺える事情があるか
A社らは,平成2年3月から平成6年ころまでの間,女性週刊誌に,「Z」の名称を一部に含む化粧品の宣伝広告を掲載した。
各広告には,商品名として,「Z」の文字が記載され,また,「Z」の文字が印刷された商品容器の写真が表示されており,引用商標が使用されていた。
もっとも,各広告は,いずれも販売元であるA社らが広告の主体であり,各広告には,同社の社名のみが表示されているが,原告やその関連会社の社名は一切表示されていない。
A社は,平成5年7月17日から平成6年6月15日までの間,「Zスペシャル」という商品名の化粧品について,テレビコマーシャルを行った。同コマーシャルにおいては,「A社薬用Z」と表示された。
また,A社は,テレビの情報番組においても,同様の化粧品の広告を放送するなどした。
原告Xは,そのほか,原告Xが引用商標を付した商品を販売している事実等を立証するとして各証拠を提出するが,これらは,いずれも本件商標の登録出願後のものであるか,あるいは作成年月日が不明なものである。
また,各証拠には,原告Xやその関連会社の社名は一切表示されていない。
4、商標「Z」がX社の商品を表すものとして「周知性」を備えているかの検討
検討1
本件商標の登録出願日(平成8年5月14日)までに,引用商標を付した商品について,宣伝広告されたことを示す証拠は,雑誌広告のみであるが,これらはいずれも販売元であるA社らが広告の主体であり,原告やその関連会社の社名は一切表示されていない。
検討2
原告X提出に係る広告類のうち,本件商標の登録出願以前のものは,A社らの宣伝広告のみであるが,原告自身,平成5年以降,A社には本件化粧品を供給していないと主張しているのである。
そして,実際,A社は,製造元として,原告Xとは無関係な「C」と表示された商品を販売していた時期もあるから,その際の宣伝広告によって原告が周知性を獲得することはない。
検討3
また,本件商標の登録出願当時,容器に表示されていたと原告Xが主張するD社と原告Xとの関連性について,これを明らかにするに足りる的確な証拠は提出されていない上,両者の社名には,関連会社であることを示すような共通性は認められない。
加えて,取引者及び需要者において,本件商標の登録出願当時,D社が原告の関連会社であり,同社の表示を原告と同視できるような事情が存在していたことを認めるに足りる証拠もなく,A社が販売していた商品に,仮にD社が製造元として表示されていたとしても,それにより原告が引用商標を付した商品の主体として表示されていたものと認めることはできない。
検討4
さらに,前記認定の各販売元の宣伝広告によると,原告Xは,複数の販売元に対し,製造元として原告を明記することなく,むしろ販売元の商品として宣伝広告することを許諾していたようにうかがわれるのであって,A社らが原告Xの販売代理店であり,これら販売元による引用商標の表示を原告による使用と解することはできない。
結論
そのほか,原告Xは,化粧品関連業者等の証明書を提出するが,原告Xの取引先等,化粧品業界に関与する者のごく一部の者が作成した証明書をもって,取引者及び需要者において,引用商標が原告の周知商標であったことを認めることはできない。
したがって,本件商標の登録出願当時,引用商標が原告Xの周知商標であったことは認められない。
5、教訓
商標法4条1項15号は未登録であっても一定の保護を与えようというという規定です。
しかし、余りに多くの未登録商標を保護しすぎると、商標法が目的とする商標の保護を明確にし、産業が発展するという健全な社会を達成することができません。
そこで、「周知性」の要件を課し、一定の歯止めを行っているのです。
今回取り上げた事件では、無効を主張する未登録商標の使用者である原告X社が提出した「周知性」を示す証拠を一つ一つ検討したうえで、結果として、X社の商標を「周知性」をそなえていなかったと結論付けました。
このように、「周知性」を備えているとするハードルは、極めて高いものと言えます。
未登録でも保護される場合もあると安心することは止めて、登録できる商標は早く登録しておかないと、事業展開が危ぶまれることもあるということをこの事件は示唆していると思います。
この記事は 知財高判平成22年6月30日(平成22(行ケ)10006)を元に執筆しています。