近年、地域おこしの観点から、その地元の歴史上の人物を商標登録して保護しようとしたり、テレビドラマや映画で取り上げた人物の名前を商標登録しようとすることが増えています。
過去の登録例を見ると、確かに何件も歴史上の人物名が登録されている例を発見することができます。

しかし、現在は歴史上の人物名を商標登録することは簡単にはいきません。

そこで、今回は歴史上の人物の名前を登録しようとする場合についてお話しします。

1、商標登録の審査上、歴史上の人物名はどのように取り扱われているのか。

まず、歴史上の人物名を商標登録しようとして特許庁に出願した場合にどのように取り扱われるのかを見ることにします。

特許庁での商標登録出願の取り扱い

まず、商標法4条1項8号には「他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標」は登録できないと定められていますが、ここにいう「他人」は現在生存中の者に限られるとされていますので、この点は問題になりません。
そこで、歴史上の人物名が出願された場合は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録することができないとする商標法4条1項7号が適用されることになっています。
とはいえ、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」だけではどういうものが登録できないのか漠然としすぎていますので、次の取り扱いが特許庁により定められています。

(A)

歴史上の人物名からなる商標登録出願の審査においては、商標の構成自体がそうでなくとも、商標の使用や登録が社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も商標法第4条第1項第7号に該当し得ることに特に留意するものとし、次に係る事情を総合的に勘案して同号に該当するか否かを判断することとする。

(1)当該歴史上の人物の周知・著名性

(2)当該歴史上の人物名に対する国民又は地域住民の認識

(3)当該歴史上の人物名の利用状況

(4)当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品・役務との関係

(5)出願の経緯・目的・理由

(6)当該歴史上の人物と出願人との関係

(B)

上記(A)に係る審査において、特に「歴史上の人物の名称を使用した公益的な施策等に便乗し、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、利益の独占を図る意図をもってした商標登録出願」と認められるものについては、公正な競業秩序を害するものであって、社会公共の利益益に反するものであるとして、商標法第4条第1項第7号に該当するものとする。

これは、
①当該歴史上の人物が当該人物の出身地、ゆかりの地等において親しまれており、地域住民全体にあたかも「共有財産」の如く認識されているような場合には、商標登録に対し国民や地域住民全体の不快感や反発を招くことも考え得ること、
②地方公共団体や商工会議所等の公益的な機関が当該人物に関連する祭り・イベントの開催、博物館・展示館の運営、当該人物をシンボルとした観光案内等を行っており、その振興策の下で当該人物名を使用する事業者が多数存在するなどの事情があれば、その出身地、ゆかりの地における利用への影響が懸念されること、
などを考慮して、歴史上の人物に不当に便乗して、その人物名をつけて商品やサービスを提供することを独占することを防止しようという趣旨からくるものです。

2、歴史上の人物名そのものではなく、その愛称等の場合を商標登録する場合はどうか。

「遠山の金さん」という登録商標があります。
これは、人物名そのものではありませんが、この商標が上記の商標法4項1項7号に違反するのに登録されているとして無効とするように請求された事件があります。
この事件でも、裁判所はまず、以下の事実関係を詳細に検討します。

(1) 遠山景元の生存中の経歴,呼称

(2) 遠山景元ないし遠山金四郎が登場する歌舞伎,演劇等の内容

(3) 遠山景元に関する史跡,文化財等

(4) 「遠山の金さん」の呼称やイメージの定着に対する寄与

そして、
・近時定着した「桜吹雪の刺青を肩に彫った名奉行の遠山金四郎が,江戸の町中で「金さん」として遊び人に扮していたときに悪事を目撃した際に示した桜吹雪が,その後の白州での裁判時に決定的な証拠となって悪党を懲らしめて活躍する」というストーリーは,実在した遠山景元の仕事の忠実な再現というよりは,虚構を交えた娯楽性のある創作物という側面は否定し難い。
そうすると,「遠山の金さん」は,あくまでも「遠山景元」をモデルとした人物を主人公としたテレビ番組のタイトル名や主人公名と認められ,モデルが存在する点において必ずしも架空の人物ということはできないとしても,歴史上実在した人物そのものではない。

・被告は,「遠山の金さん」という名称をタイトル名ないし主人公名として初めて使用した者とはいえないが,昭和25年以降,「遠山の金さん」と呼ばれる主人公が登場する映画を多数作成し,昭和45年以降は,同名のテレビ番組を長期間にわたって多数制作してきたものと認められ,「遠山の金さん」の呼称やイメージを一般大衆に広めることに一定の寄与をした立場にあるといえる。

・そもそも,「遠山の金さん」がテレビ番組のタイトル名ないし主人公名にすぎないことからすると,本件指定商品における本件商標の使用によって,「遠山景元」という歴史上の人物の名前を独占できるかという公益性のある社会的問題が生じる余地はなく,本件商標によって失われる公益は想定し難い。

・被告が「遠山の金さん」シリーズの映画やテレビ番組の制作や配給をしてきたのは上記認定事実のとおりであって,「遠山の金さん」という語を商標登録出願することにより,形成してきたその信用や顧客吸引力を保護しようとすること自体は,商標制度の本質からして非難できるものでもない。

・本件商標「遠山の金さん」があくまでも遠山景元をモデルとして作り出された主人公名にすぎないことは,繰り返し述べてきたとおりであるから,そもそも遠山景元の遺族感情や同人に関する国民感情を問題にする余地はない

などとして、4条1項7号の適用を否定し、結論として「遠山の金さん」の登録商標を維持ました。

3、これから歴史上の人物名を商標等得しようとお考えの時は。

以上みてきたように、歴史上の人物名を商標登録することは、現時点では難しそうです。
これから商標登録しようとお考えの時は、「1、」で挙げた特許庁の取り扱いに留意して、自身による商標登録が他人の努力を剽窃するものではないかをよく確認しておく必要があります。
また、「遠山の金さん」のような愛称を商標登録する場合は、その愛称が自身が広めた一種の造語のようなものと言えるかが重要となります。
「2、」であげた判決例を参考に自社の使用具合を考えてみてください。

 

 

この記事は、知財高判平成26.3.26(平成25(行ケ)10233)を元に執筆しています。