以前、未登録商標が保護されるための条件と、その条件を満たすことの難しさを取り上げたことがあります。
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商標登録をしていなくてもその商標が保護されるための条件~自社の商標を他社が先に商標登録していた場合の対処法~
今回は、未登録商標が保護された事例をご紹介します。
1、商標登録無効請求事件の概要
老舗の和菓子店であるYは、自社の商標と実質的に同一である商標が、他社の和菓子を示すものとして商標登録されていることを知りました。
そこで特許庁に対して、その登録商標の無効を申し立てたところ、特許庁もその主張を受け入れ、登録商標の無効を認めました。
この特許庁の決定に不服を持った商標権者のXが裁判所に対して、特許庁の決定の取り消しを求めたというのが本事件の概要です。
2、本事件で商標登録の正当性を争われた鶴の図形商標
Xが商標登録していた商標は、下の様な、左向きの鶴がくちばしに公孫樹の葉をくわえて左右の羽を円形状に広げた図形商標です。
この商標はYが使用していた商標と非常に近似した構成からなるものでした。
3、無効とされた登録商標と実質的に同一である商標を古くから使用していたYの概要
Yは、1421年ころから京都において菓子の製造及び販売を行う会社であり、1715年以降に「龜屋陸奥」の屋号を名乗りはじめ、昭和39年7月、現在の「株式会社龜屋陸奥」(Y)となった。そして「松風」及び「西六條寺内松風」等の菓子は、「西本願寺ゆかりの銘菓」として、Yの代表的な菓子である(以下、これらの菓子を総称して「松風」ということがある。)。
4、本事件の対象となっている商標を商標登録したXの概要
Xは、「三木都」という屋号で本件商標を「松風」という名称の菓子(Yの販売している上記「松風」と同種の菓子。)を販売する際のカタログやウェブサイト上に以下のように掲載し、自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして使用している。
① Xは、自身のカタログに、Yの以下の内容や写真を掲載している。
a「龜屋睦奥」の屋号の由来
b Yが「御本山御用菓子」を提供してきたこと
c Yの販売している「松風」の写真
d Yが自社カタログに使用しているYを連想させる亀の置物の写真
e Yが西本願寺に納めた御供物であり、Yの「松風」を使用した御供物の写真
②Xは、Yが以前使用していたカタログの写真をXのウェブサイトにも載せている。
5、商標登録の無効請求の理由
商標法4条1項19号には商標登録を受けることができない商標として、以下のものが挙げられています。
「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)」
本事件では、①Yの商標が「日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている」か否かと、②Xに「不正の目的」があったか否かが主な争点となりました。
6、裁判所の認定
①Xの会社設立、商品販売に至る経緯
Xは、平成12年に従業員としてYに入社後、平成19年から取締役の地位に就いていたが、平成22年11月20日、競業行為の制限に違反したことを理由に解任され、その後、「三木都」の屋号で店舗を開業し、菓子「松風」を販売している。
②Yによる「松風」の販売及び引用商標の使用
Yは、平成元年から25年以上にわたり、「松風」の包装紙(2種類)、掛紙及び掛紙を留めるシールに引用商標を付して使用し、平成11年から15年以上にわたり、内装袋に引用商標を付して使用している
③販売状況について
(ア) 販売実績
引用商標の付された包装紙及び内装袋を使用した「松風」及び引用商標の付されたシールのみを使用した「西六條寺内松風」の平成18年から25年までの7年間の平均販売数は、年間8万3397個である。
(イ) 販売店舗
注文販売の際の都道府県別得意先数は、総数1万1535件のうち、関西地方が6324件であるが、次いで、東京都578件、高知440件、広島、徳島各334件であり、北海道、神奈川、愛知、三重、福岡が200件台で、47都道府県のいずれにおいても得意先が存在している。
その他、各種催事、引用商標を付した広告宣伝状況(カタログ及びウェブサイト、ブログ等のウェブサイト)、「松風」の紹介記事等を詳細に認定していますが省略します。
7、Yの商標が「日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている」か否かについての判断
Yは、1421年に創業され、1715年以降に「龜屋陸奥」との屋号を用い、古くから西本願寺の御用達菓子司として、「松風」を代表的菓子として販売を続けてきたものである。
そして、その販売は、Y本店における店頭販売のほか、全国各地からの注文販売、有名百貨店やショッピングモールの店頭を中心として販売し、さらに、有名百貨店における和菓子の老舗を集めた催し物にも出店しており、関西地区にとどまらず、全国各地に多くの取引先を有する。
その引用商標を付した「松風」の販売数量は、年間約8万個に上っており、各種の出版物やブログ等においても「松風」とともにその特徴的な包装が数多く紹介されている。
以上の事実に照らすと、Yは、「松風」を販売する西本願寺御用達の和菓子の老舗として全国規模で認識されるとともに、「松風」の包装に付された引用商標も、取引者・需要者の間で本件出願時及び登録査定時において相当程度知られていたものと認められる。
8、Xに「不正の目的」があったか否かについての裁判所の判断
Yは、引用商標を平成元年から25年以上にわたり、箱入り「松風」の包装紙(2種類)、掛紙及び掛紙を留めるシールに引用商標を付して継続使用し、平成11年から14年以上にわたり、内装袋に引用商標を付して継続使用しており、これにより、引用商標がYの「松風」を表すものとして取引者・需要者に相当程度知られるに至ったことは、前記2認定のとおりである。
一方、Xは、Yの前代表取締役であった亡Dの長男であり、平成12年にYに入社し、平成19年からは取締役に就任していることに加え、Xも引用商標が「松風」の包装紙として用いられてきたことを争っていないことや、上記に認定した警告書の内容をも考慮すると、Xが、Yによる引用商標の使用及びその自他識別力を認識していたことは明らかである。
本件商標は、前記のとおり、引用商標と実質的に同一の商標であるところ、Xは、「三木都」のウェブサイトや自身のツイッターに本件商標を大きく掲載し、カタログに、西本願寺御用達の御供物を提供してきたことなどの「龜屋陸奥」の由来を載せるとともに、Yの「松風」の写真、Yが納入した西本願寺の御供物の写真、Yがカタログに使用している亀の置物と同じ写真を掲載し、さらに、ツイッターにおいて、「歴史都市京都から学ぶ-ジュニア日本文化検定テキストブック-」に掲載された写真をXが提供した旨記載するなどしていることに照らすと、XがYの「松風」と同じ名称の「松風」なる菓子に引用商標を使用する場合、商品の出所混同を招くことは明らかである。実際、需要者は、Xの「三木都」をY自身が出店した店舗、あるいは、Yから暖簾分けした店舗と誤認している様子が窺われる。
また、Xは、陳述書において、Yの代表取締役として登記されている2名のうち、Bは、亡Dの妹婿であり、Eは、養子であって、A家の血筋を引く者ではないことから、Xのみが「松風」に本件商標を正当に使用できる人物であると確信していた旨述べるなど、「龜屋陸奥の松風」の正統な継承者は自身であり、引用商標に表象される業務上の信用も自身に帰属するかのような発言をしており、Xは、「三木都」のカタログやウェブサイト、X自身のツイッター等において、外部的にもそのように振る舞っていたことが認められる。
そうすると、Xによる本件商標の使用は、引用商標に表象されるYの老舗としての価値、業務上の信用を自身に帰属させようとするもので、商標法4条1項19号の「不当の目的」をもって使用するものに該当するというべきである。
9、商標登録はお早めに
この事件では、Xが老舗であるYの信用等を自身に帰属させようとする意図が強いとして、「不正の目的」が認定されたことがYにとって有利に働きました。
また、Yが老舗と言えるほどに営業年月を重ね、販売範囲も広かったことも功を奏したと言えます。
しかし、この事件に至る経緯を見ていると、Yは自社の商標を少なくとも平成元年には出願できていたわけで、その時に出願していれば、不要な紛争を招くこともなかったのではないかと思われます。
未登録商標を保護する規定は商標法にいくつかありますが、その条件を満たすことは極めて難しいのが現状です。
やはり、商標登録はお早めに済ませることが重要です。
この記事は知財高判平成27年4月27日(平成26(行ケ)10196)を元に執筆しています。