商標登録実務において、ここ最近、難しい判断を迫られるのが、商標法4条1項7号に該当するのかということです。
商標法4条1項7号には「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録を受けることができないと定められています。
そして、年々、国情分に該当する範囲が拡大しているようにも思われます。
しかし、この基準だけでは実際にどの様な商標が該当するのかが解りにくい。
そこで、今回は歴史上の人物名である「北斎」の商標登録が認められるのかが争われた事例をご紹介します。

1、登録性が争われている商標

本願商標は,下記のとおり,「北斎」の漢字を筆文字風に縦書きにした文字部分と,その左側中央やや下に配置された,上方に黒地上に白色で山様の形を象り,その下方に黒白の横線様の模様を配した四角形の図形部分(以下「本件図形」という。)から構成されている商標です。
また,本件図形は,葛飾北斎がその作品である「肉筆画帖」において使用した印章(落款)の「富士」と同様の形状をしており,上記文字部分と同様に,葛飾北斎を認識させるものです。

北斎

2、特許庁での商標登録の審査

商標審査便覧には,
「歴史上の人物名からなる商標登録出願の審査においては,商標の構成自体がそうでなくとも,商標の使用や登録が社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も商標法4条1項7号に該当し得ることに特に留意するものとし,
①当該歴史上の人物名の周知,著名性,
②当該歴史上の人物名に対する国民又は地域住民の認識,
③当該歴史上の人物名の利用状況,
④当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品,役務との関係,
⑤出願の経緯,目的,理由,
⑥当該歴史上の人物と出願人との関係を総合的に勘案して同号に該当するか否かを判断する。」と定められています。
特許庁では、この判断基準にのっとり、本件商標の商標登録を認めませんでした。

3、原告(登録を認めてほしい商標登録出願人)の主張

特許庁は,原告のみに「北斎」との人物名について商標登録を認めることは,第三者の公益的施策に伴う各種商品等への商標の使用を制限することとなり,その公益的な事業活動に支障を来すおそれがあると判断した。
しかし,原告は,審判手続において,本願商標が登録となった際の禁止権の範囲は,特定の書体からなる「北斎」の漢字文字と図形の配置に変更を加えたものに限られることを宣言しているから,禁反言の法理に鑑みれば,本願商標が登録された場合にも,本願商標を構成するそれぞれの部分が独立して自他商品の識別標識としての機能を発揮することはなく,まして,単なる「北斎」の文字等にその商標権の効力が及ばないことは明らかである。
したがって,本願商標が登録査定を受けた場合にも,特異なケース(本願商標と完全に同じ商標,あるいは,本願商標を構成する漢字文字と図形の配置に変更を加えてなる商標など,本願商標と類似する商標を土産物等に付した場合)を除いて,葛飾北斎のゆかりの地で販売される土産物に本願商標の効力が及ぶことは絶対にない。
また,本願商標が登録された場合の禁止権の効力は,単なる「北斎」の文字等には及ばないから,本願商標の商標登録を認めることが,「北斎」の名称を使用した観光振興や地域興しなどの公益的な施策の遂行を阻害するとの懸念,あるいは本願商標が公正な競業秩序を害し,社会公共の利益に反するおそれがあるとの懸念は絶対に生じない。
したがって,特許庁の上記判断は誤りである。

4、本件商標の商標登録を認めるか否かについての裁判所の判断。

一、商標法4条1項7号について

商標法4条1項7号は,商標登録を受けることができない商標として,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」を規定しているところ,同項には,出願商標の構成自体がきょう激な文字や卑わいな図形等である場合だけでなく,その指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も含まれるものである。

二、認定事実

後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1) 葛飾北斎について


葛飾北斎は,宝暦10年(1760年)に現在の東京都墨田区亀沢で生まれ,嘉永2年(1849年)に現在の東京都台東区浅草で死亡したとされる江戸時代後期の浮世絵師であり,代表作の「富嶽三十六景」や「北斎漫画」は,19世紀ヨーロッパの印象派の画家に影響を与えたとされる。
葛飾北斎は,歴史上の人物として,辞典類に掲載されているほか,後記のとおり,同人の作品を収蔵した美術館が各地に設けられ,また,同人に関する国際会議や講演会が開催されたり,同人にまつわる映画が制作されるなどしている。


葛飾北斎の出身地である東京都墨田区には,「北斎通り」と名付けられた通りがあるほか,平成18年以降,毎年「北斎祭り」が催され,平成27年度には「すみだ北斎美術館」の開館も予定されている。
そして,東京都の「地域の底力再生事業助成」の助成を受けた「北斎通りまちづくりの会」のホームページ「亀沢・北斎ネット」には,葛飾北斎のプロフィールや,上記「北斎祭り」の概要,上記「北斎通り」の紹介等が掲載されているほか,同ホームページの閲覧者に対し,「葛飾北斎をキーワードとして,生誕地としての地元亀沢,そしてまちづくりの会としての諸活動と,墨田区の情報を広く発信することを通じ,亀沢以外の葛飾北斎ゆかりの地域との連帯を深め,ネットワークを構築することが可能になります。」との挨拶文が掲載されている。
また,葛飾北斎が晩年の多くを過ごしたとされる長野県上高井郡小布施町には,葛飾北斎の作品を展示した「北斎館」や「高井鴻山記念館」が開設され,「北斎館」については,小布施文化観光協会の公式ホームページで紹介されている。
さらに,「北斎漫画」の初刷りが発見された島根県鹿足郡津和野町には,葛飾北斎美術館が設けられている。
加えて,茨城県潮来市牛堀では,葛飾北斎が描いた「常州牛堀」にちなんだ水郷北斎公園が設けられ,同市の公式ホームページには,同公園を撮影した写真が掲載されている。


一般に,歴史上の人物の出身地やゆかりの地においては,その地域の特産物や土産物に,当該人物の名称等を表示して,観光客等を対象に販売しているという実情にあるところ,東京都墨田区では,地元企業が葛飾北斎にちなんだTシャツを製造,販売している。

(2) 葛飾北斎と原告との関連性について

原告は,葛飾北斎とは無関係であることを自認している。

(3) 審判段階における原告の主張

原告は,審判段階において,
①本願商標は「北斎」の漢字を特定の書体で縦書きし,その左側部に朱印の印が押された構成よりなる結合商標であって,それ以上でもそれ以下でもない,
②本願商標に係る標章は,これら縦書き文字と印の二者で構成されるものであって,単純に「北斎」の名前を独占しようとするような類いのものでは全くない,
③本願商標の効力が土産物に及ぶのは,本願商標と完全に同じ商標,あるいは本願商標を構成する二つの部分(漢字文字,本件図形)の配置に変更を加えてなる商標などのように,本願商標と類似する商標を土産物に付した場合などの極めて特異なケースに限られるものである,
④これらの原告の主張は,実質的に,本願商標の効力範囲が,漢字文字の「北斎」のみからなる商標には及ばないことを自覚し,これを宣言するものであるなどと主張している。

三、商標法4条1項7号該当性について

前記に認定したところによれば,本願商標は,その構成自体がきょう激な文字や卑わいな図形等である場合に該当するものとはいえないところ,本件審決は,本願商標は社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものであると判断しているので,以下においては,本願商標を本件指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものといえるかどうかについて検討する。

(1) まず,前記のとおり,本願商標は,「北斎」との筆書風の漢字と,葛飾北斎が用いた落款と同様の形状をした本件図形からなるところ,審判段階における原告の主張からすると,本願商標が商標登録された場合において,原告が本件指定商品について本願商標に基づき主張することができる禁止権の範囲は,「北斎」との筆書風の漢字と本件図形からなる構成に限定されると考えられることから,例えば,「北斎」との漢字文字のみからなる商標について,これが本願商標の禁止権の範囲に含まれるなどと主張することは,信義誠実の原則に反し許されないといわなければならない。

(2) また,葛飾北斎の出身地である東京都墨田区や国内各地のゆかりの地においては,当該地域のまちづくりや観光振興のシンボルとして,同人の名を用いた施設の整備や催し物の開催等が行われているところであって,「北斎」の名称は,それぞれの地域における公益的事業の遂行と密接な関係を有している。
したがって,原告が本願商標の商標登録を取得し,本件指定商品について,本願商標を独占的に使用する結果となることは,上記のような各地域における公益的事業において,土産物等の販売について支障を生ずる懸念がないとはいえない。
しかしながら,前記のとおり,原告が本件指定商品について本願商標に基づき主張することができる禁止権の範囲は,「北斎」との筆書風の漢字と本件図形からなる構成に限定されると考えられることからすれば,当該公益的事業の遂行に生じ得る支障も限定的なものにとどまるというべきである。

(3) さらに,前記のとおり,葛飾北斎は,日本国内外で周知,著名な歴史上の人物であるところ,周知,著名な歴史上の人物名からなる商標について,特定の者が登録出願したような場合に,その出願経緯等の事情いかんによっては,何らかの不正の目的があるなど社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるため,当該商標の使用が社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反する場合が存在しないわけではない。
しかしながら,原告による本願商標の出願について,上記のような公益的事業の遂行を阻害する目的など,何らかの不正の目的があるものと認めるに足りる証拠はないし,その他,本件全証拠によっても,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるとも認められない。

(4) 以上のとおり,本願商標の商標登録によって公益的事業の遂行に生じ得る影響は限定的であり,また,本願商標の出願について,原告に不正の目的があるとはいえず,その他,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるとも認められない本件においては,原告が葛飾北斎と何ら関係を有しない者であったとしても,原告が本件指定商品について本願商標を使用することが,社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものとまでいうことはできない。
したがって,本願商標は,商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものではない。

4、これから商標登録する際に

この事件では、原告は特許庁での審査から裁判所での主張まで一貫して自社が出願した商標は指定商品にかかる全ての「北斎」の表示を独占するのではなく、あくまで、出願した商標の態様だけの独占権を認めてほしいと主張していました。
このような権利範囲の限定を行うことで、裁判所も原告により本件商標の商標登録が認められたとしても社会的相当性を欠く状況が生じるとは考えず、商標登録を認めても差支えないという判断につながったのでしょう。
ただ、先に挙げた商標審査便覧の基準には変更が無いため、今後、有名な歴史上に人物を商標登録しようとしても、特許庁の段階では、拒絶される可能性が高いといえます。
あとは、裁判所にまで不服を上げて、実際の使用態様から「本件指定商品について本願商標を使用することが,社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものとまでいうことはできない」ということを主張することが必要になります。
これが立証出来て裁判所に受け入れられたら、めでたく商標登録可ということになります。
とは言え、それなりの費用と時間的なコストは覚悟しなければなりません。

 

 

この記事は知財高判平成24年11月7日(平成24(行ケ)10222)を元に執筆しています。