前回の続きです。
前回の概略は、
<1>
「商品の産地、提供地」等や「ありふれた氏」を普通に用いられる方法で表したにすぎない商標は商標法3条1項3号、同4号により商標登録を受けることができない。
<2>
「KAWASAKI」からなる商標は本件では商標法3条1項3号、同4号に該当しないとして商標登録が認められた。
というものでした。

前回の記事はこちらから

商品やサービスの産地、提供地やありふれた氏は商標登録できないことの例外~「KAWASAKI」事件1~

このように、本事件では「KAWASAKI」の商標は商標法3条1項3号にも同4号にも、そもそも該当しないとされたのですが、仮に同号に該当する場合でも、商標法の条文上認められた例外があります。
それが商標法3条2項です。そこには次のように定められています。

「(商標法第1項)第三号から第五号までに該当する商標であっても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。」

今回取り上げた事件では、この3条2項についても判断を示しているので、同条の適用の参考としてご紹介します。

1、今回の商標登録出願について商標法3条2項を適用すべきではないとする特許庁の主張

商標法3条2項の趣旨は,特定人が当該商標をその業務に係る商品の自他識別標識として長期間継続的かつ独占的に使用し,宣伝もしてきたような場合には,当該商標は例外的に自他商品識別力を獲得したものということができる上に,他の事業者に対してその使用の機会を開放しておかなければならない公益上の要請は乏しいということができるから,当該商標の登録を認めるというものであると解される。
このような商標法3条2項の趣旨からすると,同項によって商標登録が認められるためには,
①出願商標と実際に使用している商標の同一性が認められること,
②本願商標の指定商品が,使用に係る商標の商品と同一であること,
③実際に使用している商標が,判断時である審決時において,取引者・需要者において何人の業務に係る商品であるかを認識することができるものと認められること
という要件をすべて具備することが必要であると解される(知財高裁平成19年3月29日[平成18年(行ケ)第10441号]判決,同平成18年6月12日[平成18年(行ケ)第10054号]判決参照)。
本願商標については,上記①,②の要件を満たすといえるものの,上記③の要件を満たすとはいえない。
すなわち,本願商標が付された商品の販売数量及びシェアは不明であり,売上は,年間およそ1.7億円程度であり,アパレル業界の売上全体(アパレル業界における「衣料品小売販売額」については,2010年は,売上全体の総計が15兆4015億円である。「2010年度アパレル売上高ランキング(上位30社)」では,1位が「ワールド」で,その売上高は,2763億円である(乙7)。)からすれば,さしたる金額でなく微少である。
そして,広告については,バイク関連の商品カタログ,バイク関連の限定された雑誌が中心で,その他の新聞,テレビ等のCMが使用された等の事実もなく,かつ,宣伝広告費も不明である。
その他,「第2回ブランドイメージ調査」報告書(甲315)については,本願商標の「Kawasaki」の文字が,「バイク関連」のブランドとしての著名性を有することは認められるとしても,このアンケート調査によっては,本願商標の「Kawasaki」の文字が,「バイク関連」以外の他の分野において識別性を有しているものであることが証明されていない。
また,本願商標が他国で登録されていることをもって,日本国内において,使用により自他商品識別力を有すると判断すべき理由はない。
したがって,本願商標は,その指定商品について使用された結果,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる商標として,商品の出所を表示し,自他商品の識別標識として認識されるとはいい難く,商標法3条2項の要件を具備するものといえない。
これに対し,原告は,「出願に係る商標の指定商品,指定役務の全てにおいて当該商標が使用されていなくとも,当該指定商品,指定役務の分野の取引者,需要者において,当該商標を出願人の業務に係る標章であると認識する者が,類型的に相当程度いるということが一般的にいえる場合には,商標法3条2項の適用は認められる。
同項を適用する要件として,本願商標が,その指定商品に係るブランド(いわゆるアパレルブランド)として認知されている必要はない。」旨主張する。
しかし,上記の同項の趣旨からすると,本願商標の「Kawasaki」の文字は,たとえ,原告が本願商標をその指定商品中の商品に使用してきたとしても,その使用した結果として,公益上の要請を失わせるほどの使用はなく,少なくとも,アパレルの分野において,著名な商標ということもできない。
そして,本願商標は,公益上の要請として,他の事業者に対して,その使用の機会を開放しておかなければならない表示と考えられ,商標登録することができないものというべきである。

2、商標法3条2項を適用できるか否かについての裁判所の判断

本願商標が商標法3条1項3号,4号に該当するとの被告の主張は採用できないものであり,この点だけでも原告主張の取消事由は理由があるといえる。
もっとも,上記のとおり,単なる欧文字の「Kawasaki」とは異なる特徴的な表記である本願商標の有する自他商品識別力が,同条1項3号,4号該当性の判断に影響を与えているともいえるので,仮に,3号又は4号に該当する商標であったとしても,同条2項の要件を充足し,商標登録を受けることができるかについて,念のため検討することとする。
(1)
審決(特許庁での判断)は,「本願商標を付した商品の過去3年間の売上は5億円程度であって,また,商品の販売数量,シェア,広告宣伝の状況等について,本願商標の指定商品についての著名性を具体的に裏付ける証拠は何ら提出されていないに等しく,申立人の提出に係る証拠のみをもってしては,本願商標が請求人の業務に係るアパレル関連の商品を表示する商標として,我が国における取引者,需要者の間に広く認識され,自他商品の識別力を獲得したものということはできない。」旨判断した。
上記判断は,本願商標が商標法3条2項の要件を満たすためには,その指定商品であるアパレル関連の商品について使用された結果,著名なものとして自他商品識別力を獲得したことを要するとの前提に立つが,この前提は誤りである。
すなわち,同項は,「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては,・・・商標登録を受けることができる。」と規定し,指定商品又は指定役務に使用された結果,自他商品識別力が獲得された商標であるべきことを定めていない。
また,同項の趣旨は,同条1項3号から5号までの商標は,特定の者が長年その業務に係る商品又は役務について使用した結果,その商標がその商品又は役務と密接に結びついて出所表示機能をもつに至ることが経験的に認められるので,このような場合には特別顕著性が発生したと考えて商標登録をし得ることとしたものであるから,登録出願に係る商標が,特定の者の業務に係る商品又は役務について長年使用された結果,当該商標が,その者の業務に係る商品又は役務に関連して出所表示機能をもつに至った場合には,同条2項に該当すると解される。
そして,上記の趣旨からすると,当該商標が長年使用された商品又は役務と当該商標の指定商品又は指定役務が異なる場合に,当該商標が指定商品又は指定役務について使用されてもなお出所表示機能を有すると認められるときは,同項該当性は否定されないと解すべきである。
(2)
本件について検討する。

被告は,本願商標と実際に使用している商標の同一性が認められること,本願商標の指定商品が,使用に係る商標の商品(アパレル関連の商品)と同一であること,及び,本願商標が「バイク関連」のブランドとして著名性を有することは争わない。

また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア)
本願商標の使用が開始されたのは1970年代であり,当初は,原告の主力製品であるバイクに使用されていたが,1980年代に入り,原告及び川崎重工グループを指称するものとして全社的に使用が拡大され,現在に至るまで継続して20年以上,原告の事業(船舶海洋事業,車両事業,航空宇宙事業,ガスタービン・機械事業,プラント・環境事業,モーターサイクル&エンジン事業,精密機械事業,その他事業)に関する製品やカタログ(甲8ないし甲12),パンフレット類,新聞の全国紙・地方紙・業界紙,雑誌等,空港・駅などのパブリック・スペースにおける広告宣伝(甲21ないし甲208),取引書類等,名刺,業務用封筒(甲242),レターヘッド(甲243),インターネット・ホームページ(甲1,甲233,甲241),会社案内(甲3,甲234),株主・投資家向け資料(甲236ないし甲240,甲244),学生向け就職情報サイト(甲246),「カワサキバイクマガジン」(甲248)等で,一貫して使用されている(弁論の全趣旨)。
全国各地に700店舗以上存在するカワサキ正規取扱店では,本願商標が店頭看板として目立つ態様で掲げられている(甲13,甲335)。
社団法人日本国際知的財産保護協会(AIPPI)が平成16年に発行した「日本有名商標集」には本願商標が掲載されている(甲250)。
原告の広告宣伝費(連結ベース)は,平成17年度から平成20年度までが125億円ないし146億円程度,不況の影響を受けた平成21年度,平成22年度も77億円ないし79億円程度であり,本願商標が,原告及び川崎重工グループの全ての広告宣伝活動に表示されている(甲320ないし甲324,弁論の全趣旨)。
(イ)
平成元年以降,原告が100%出資する子会社株式会社カワサキモータースジャパンを通じて,本願商標を付したアパレル商品(Tシャツ,ポロシャツ,トレーナー,パーカー,ウインドブレーカー,ブルゾン,ジャケット,ポンチョ,コート類,エプロン,帽子,手袋,ネクタイ,ベルト等)が販売されており,年2回,それぞれ1万部ないし2万部の商品のカタログが発行されている(甲8,甲11,甲15,甲316の1ないし7,甲364ないし甲404,弁論の全趣旨)。
このカタログの配布先は,主としてカワサキ・バイクを購入したユーザー,全国のカワサキ正規取扱店であり,インターネット・ホームページを通じて電子情報としても配布され,平成20年以降はネットからカタログ掲載商品が購入できる(甲12)。
また,上記アパレル商品に関する広告は,複数のバイク雑誌においても定期的に行われている(甲405ないし甲450)。
原告は,アパレル業者「ユニクロ」とのコラボレーションにより,平成18年,平成19年3月下旬,平成20年4月,平成21年1月に,本願商標を付したTシャツを全国のユニクロ店舗(平成19年3月当時で約700店舗)で販売し,平成18年11月には,本願商標を付したTシャツを全国にカワサキ正規取扱店のみで販売したところ,いずれも完売となった(甲451ないし甲456)。
原告は,過去10年間にわたり,サッカーのJ1プロチーム「ヴィッセル神戸」のスポンサーであり,チームユニフォームの背面上部に本願商標が表示され,ユニフォームがサポーターによって全国のスポーツ用品店を通じて購入される(甲15の5・6,甲19,甲20,弁論の全趣旨)。
本願商標を付したアパレル商品の過去3年間の売上は5億円を上回る(弁論の全趣旨)。なお,我が国における衣料品小売販売額の総計は平成22年において約15兆円であるから(乙7),アパレル業界全体における原告のシェアが大きいとはいえないが,その売上額自体は微少とはいえない。
(ウ)
原告が調査会社に委託して行われた2回のブランドイメージ調査の結果は,上記1認定のとおりであり,調査対象者に対し,本願商標のみを呈示した場合も,本願商標の付されたアパレル商品を呈示した場合も,バイク関係を想起したものが最も多く,次いで,スポーツ用品(サッカー関連を含む。),企業関係の想起が多く,これらの回答が総回答数の大多数を占めている。
また,本願商標の付されたアパレル商品を呈示した場合において,本願商標を「企業ブランドのロゴ」,「商品・サービスブランドのロゴ」,「事業ブランドのロゴ」と思ったとの回答数が合計で8割を超えている。

以上の事実を総合すると,原告が,本願商標を長年にわたってバイク関係やその他の多様な事業活動で使用した結果,審決時までに,本願商標は著名性を得て,バイク関係はもとより,それ以外の幅広い分野で使用された場合にも自他商品識別力を有するようになったといえる。
そして,原告の子会社を通じて,本願商標を使用したアパレル関係の商品が長年販売されていることから,本願商標をアパレル関係の商品で使用された場合にも自他商品識別力を有すると認めるのが相当である。
すなわち,審決時において,原告が本願商標を指定商品に使用した場合にも,取引者・需要者において何人の業務に係る商品であるかを認識することができ,本願商標は出所表示機能を有すると認められる。
(3)
したがって,本願商標は,商標法3条2項に該当するものというべきであり,この点に関する審決の判断も誤りである。

3、これから商標登録する際に

特許庁は商標法3条2項の適用場面自体を狭く解釈して商標登録出願人の主張を退けました。
しかし、裁判所は同条項の適用場面を特許庁の主張より広く解釈して特許庁の主張を退けました。
ただし、3条2項の適用場面が広げられたからと言っても、その商標の全国的な著名性が必要とされる点に変わりはありません。
依然、3条2項の適用を主張するには高いハードルが課されています。
具体的な著名性の主張方法は上記の通りですが、様々な観点から主張を行い、その主張を支える証拠を提出する必要があります。
ここまでの主張は一般企業では中々できるものではないのでしょうか。
今回取り上げた事例は、あくまで例外事例です。
仮に地名やありふれた氏を商標登録したいと考えるのであれば、今回の「KAWASAKI」よりデザインに工夫を凝らす必要があります。
ただし、その結果無事商標登録が認められたとしても、そのデザインの保護が認められたにすぎません。
その地名等に関するすべての表示を禁止できるというものではないので注意が必要です。

 

 

この記事は知財高判平成24年9月13日(平成24(行ケ)10002)を元に執筆しています。