これまでも何度か取り上げてきましたが、商標登録を得てから、日本国内で3年以上継続して使用されていない登録商標は取り消される可能性があります。
とはいえ、国内で商標権者自身が使用している必要はなく、ライセンシーが使用していればよいので、そうそう取消リスクを恐れる必要はないのですが。

今回ご紹介するのは、国外の商標権者がライセンス契約までは締結していない国内の会社に対して商品を輸出していた場合に、その輸出行為が法上の「使用」にあたるかが争われたという一風変わったものです。

1、取消の対象となった登録商標の取引の実情

(1) 原告とA社の契約について


原告とA社は,平成16年12月独占販売契約を締結し,平成18年1月1日,これを更新した。
更新後の独占販売契約書には,原告は,A社を,LANCASTERの商標及びロゴを付した時計について,日本における唯一かつ独占的な販売店とし,1年ごとに自動的に更新されること等が規定されている。

原告は,A社との間で,平成21年2月27日,商取引契約書を締結した。同契約書には,以下の条項がある。
(ア) A社は,原告から,総額23万6767ユーロの,LANCASTERブランドの時計8000個を購入することを保証する。
(イ) 原告は,総額23万6767ユーロの,LANCASTERブランドの時計8000個を納入することを保証する。
(ウ) 具体的には,原告は,6箇月間毎月(平成21年3月,4月,5月,6月,7月及び8月)の各月末に,合計1150個の時計をそれぞれ納入し,同年9月末に1100個の時計を,自らの在庫状況に応じて納入し,総計8000個の時計を納入するものとする。

なお,原告は,平成22年1月以降は,ユーロパッションを日本における販売代理店とした。

(2) 原告とA社との取引


原告は,平成21年2月25日,同年5月15日及び同年7月28日,A社に対し,「JOSS CHRONO」又は「INTRIGO」の欧文字を付した「イントリゴ ネロ クロノ-ガルーシャ」「イントリゴ ブラック スチール ウオッチ」等の商品について,インボイスの番号を付した請求書を発行した。
そのうち,同年5月15日付けのインボイスの番号は「305」である。
また,同年5月25日付け貨物受領書には,運送取扱人である日本エクスプレスが,貨物の輸送又は運送を海上運送人へ取次ぎ又は委託を行うことを前提として,原告がA社に対して発送した商品「Watches&Watchboxes」を受け取ったことが記載され,その請求書の番号は「305,306,307,308,309」である。

A社は,同日,原告に対し,請求書番号「305,306,307,308,309,262」に係る「時計」の商品代金として,みずほ銀行に対して原告向けの送金を依頼した。

(3) A社が取引した時計について


A社は,取引先に対し,「ランカスター イントリゴ ガルーシャ」,「ランカスター イントリゴ アルミ」及び「ランカスター ジョス クロノ オーストリッチ」の各時計の商品写真が掲載された提案書を作成した上,これを提示した。

上記のうち,「ランカスター イントリゴ ガルーシャ」の時計と実質的に同一のものと認められる時計には,LANCASTERの欧文字を円弧状に横書し,その「ANCASTE」の部分に下線を引き,その下に「ITALY」と記載した構成の標章(以下「本件使用商標」という。)が付されている。

2、商標登録を取り消すか否かについての裁判所の判断

(1) 本件時計に係る取引状況

前記1認定の事実,すなわち,①A社が原告の本件商標が付された時計についての日本における独占的販売店であること,②原告とA社間の請求書,貨物受領書及び送金依頼書の番号が同一であり,商取引契約書に基づいた本件時計の取引の一部が,平成21年5月15日には現実に行われたものといえること,③A社が作成したLANCASTERブランドの時計の提案書は,平成23年7月26日以降に印刷されたものではあるものの,平成22年1月以降は,ユーロパッションが日本における販売代理店となっていることに照らすと,それ以前の時期に上記提案書が作成されたものと推認されること等を総合すれば,少なくとも,原告が,平成21年5月15日には,日本における独占的販売店であるA社に対し,本件使用商標を付した本件時計を輸出し,同社が日本において本件時計に関する取引書類に本件使用商標を付した商品写真を掲載してこれを展示した事実が認められる。

(2) 商標の同一性


本件商標は,別紙記載のとおり,LANCASTERの欧文字を横書し,その「ANCASTE」の部分に下線を引いた構成からなる。なお,「L」,「E」及び「R」の文字は,若干図案化されている。
本件商標からは,「ランカスター」の称呼が生じる。

本件使用商標は,前記1(3)のとおり,2段に記載されており,「ITALY」は,イタリア製の商品であることを示すにすぎないから,本件使用商標からは,「ランカスター」の称呼も生じる。
そして,本件使用商標の上段部分は,本件商標と外観においても類似するものである。

そうすると,本件商標と本件使用商標とは,少なくとも称呼において同一のものであり,外観においても社会通念上類似であるから,両者は社会通念上同一と認められる。

(3) 商標の使用の有無


前記のとおり,イタリア法人である原告は,平成21年5月15日,日本における独占的販売店であるA社に対し,本件使用商標を付した時計を輸出し,A社がこれを取引書類に付して展示していたものである。

商標法は,商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とする(商標法1条)。したがって,商標法上の保護は,商標の使用によって蓄積された信用に対して与えられるのが本来的な姿であり,一定期間登録商標の使用をしない場合には保護すべき信用が発生しないか,又は発生した信用も消滅してその保護の対象がなくなるものと解される。商標法50条は,そのような不使用の登録商標に対して排他独占的な権利を与えておくのは国民一般の利益を不当に侵害し,かつその存在により権利者以外の商標使用希望者の商標の選択の余地を狭めることになるところから,請求によりこのような商標登録を取り消す趣旨の制度である。
商標権は,国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであり,属地主義の原則に支配され,その効力は当該国の領域内においてのみ認められるのが原則である。
もっとも,商標権者等が商品に付した商標は,その商品が転々流通した後においても,当該商標に手が加えられない限り,社会通念上は,当初,商品に商標を付した者による商標の使用であると解される。
そして,外国法人が商標を付した商品が,日本において独占的販売店等を通じて輸入され,国内において取引される場合の取引書類に掲載された商品写真によって,当該外国法人が独占的販売店等を通じて日本における商標の使用をしているものと解しても,商標法50条の趣旨に反することはないというべきである。

よって,本件においては,商標権者である原告が,原告の時計に本件使用商標を付し,日本国内において,独占的販売店であるA社を通じて上記時計に関する取引書類に本件使用商標を付した商品写真を掲載してこれを展示したものであるから,本件商標と社会通念上同一の商標を使用(商標法2条3項8号)していたということができる。

(4) 小括

商標権者が,不使用取消審判の請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが指定商品のいずれかについて登録商標(社会通念上同一と認められる商標を含む。)の使用をしていることを証明した場合には,登録商標の取消しを免れることができるところ(商標法50条2項本文),以上のとおり,商標権者である原告又は通常使用権者であるA社は,本件審判請求の登録前3年以内に,日本国内において,指定商品の1つである計時用具について,本件商標と社会通念上同一の商標を使用していたということができる。

3、商標登録の使用実態が問題とされたときは。

このようにこの事件では、事実関係の積み重ねにより、ライセンス契約が取り交わされていなかった場合でも、実質的に商品の卸先が通常実施権者(ライセンシー)であると認定されました。
はじめから通常実施権設定契約等を締結していれば、ここまでもめることはなかったようにも思われます。

さて、この事件では、商標権者側の使用が認められてのですが、これはどのような場合でも商品を卸した小売業者が販売していれば認められるというものではありません。
たとえば、やはり国外の商標権者が国内の業者に商品を卸していたという今回と似たような事件でも、商標権者の「使用」が認められなかったというものもあります(知財高判平18.5.25(平17(行ケ)10817)。

他社に商品を卸して自社では販売しないという場合は念のために通常実施権の設定をあらかじめ行っておくことも大切であるということに十分にご注意ください。

 

 

この記事は知財高判平成25年1月10日(平成24(行ケ)10250)を元に執筆しています。