商標登録しようとする商標と長音「ー」があるかないかしか違わない商標が先に登録されている場合、両商標は類似するとして、一般的には商標登録が認められることが難しいと言えます。
しかし、絶対に無理だということは無く、弊所でも長音の有無しかなくても商標登録を受けることが出来た事案もあります。
そこで、どのような場合であれれば商標登録を受けられるのか、裁判で争われた例を通して考えたいと思います。
1、商標登録の可否が争われた商標「POWERWEB」と「POWERWAVE」
新たに商標登録をしようとして出願された商標は「POWERWEB」という商標(以下本願商標といいます)です。
この出願に対して、特許庁は既に商標登録されていた「POWERWAVE/パワーウェーブ」(アルファベットとカタカナを上下二段に書いている)という商標(以下引用商標といいます)と類似するので商標登録することはできないと判断しました。
この特許庁の判断に対して裁判で争われたのが本事件です。
2、商標登録の可否についての裁判所の判断
1 本願商標と引用商標の類否
(1)
ア 外観について
引用商標は,上段の「POWERWAVE」と下段の「パワーウェーブ」とが全体としてまとまった外観を呈しており,これを全体として本願商標の「POWERWEB」と対比すると,両商標が外観上相違することは明白である。
もっとも,引用商標の下段の「パワーウェーブ」は,上段の「POWERWAVE」の読みを表したものと容易に理解することができるから,引用商標に接した取引者,需要者は,上段の「POWERWAVE」のみを記憶に留めるか,あるいは,下段の「パワーウェーブ」よりも上段の「POWERWAVE」をより強く記憶に留めるということも十分に考えられ,また,上段下段とも記憶には留めたとしても,本願商標に接した際に,引用商標の上段のみを想起するということも考えられる。
このような場合には,本願商標と引用商標の外観上の類否の判断は,本願商標の「POWERWEB」と,引用商標上段の「POWERWAVE」とを比較対照して行うのが相当である。
そこで,「POWERWEB」と「POWERWAVE」とを比較対照すると,両者は,語頭からの6文字「POWERW」を共通にする。
しかし,両者を構成する文字数は8文字ないし9文字と比較的少なく,このうちの2文字ないし3文字は全く異なっている。
また,「POWERWEB」は,英単語の「power」と「web」に相当する「POWER」と「WEB」の2つの単語を組み合わせたものであり,「POWERWAVE」は,英単語の「power」と「wave」に相当する「POWER」と「WAVE」の2つの単語を組み合わせたものであることは,一般人にとって容易に理解可能であり,「POWER」,「WEB」,「WAVE」のように,一般人にとって観念を容易に想起し得る単語を組み合わせた語について,これを構成する単語に分けてその外観を認識することは通常のことである。
加えて,「パワー(power)」を包含するスポーツ用語は各種スポーツの分野で数多く使用されており〔「パワー(power)」は,筋力と筋収縮速度で決定される単位時間当たりの仕事量等を意味するスポーツ用語として普通に使用されている。
また,「パワー(power)」を語頭に含む言葉は多数あり,スポーツ用語として普通に使用されている,スポーツ関係の商品に使用される「POWER」の文字の自他商品識別力は,同じくスポーツ関係の商品に使用される「WEB」及び「WAVE」の文字の自他商品識別力よりも強いものとはいえない。
なお,「POWER」を語頭に含む登録商標は少なくとも60以上あるから,第24類「運動用特殊靴,その他の運動具」を指定商品として「POWER」の文字のみからなる登録商標が存在することは,この認定の妨げとなるものではない。
そして,本願商標と引用商標の指定商品は,いずれもスポーツ関係のものである。
上記の諸点を勘案すると,「POWERWEB」と「POWERWAVE」の類否の判断において,両者がいずれも一般人にとって観念を容易に想起し得る単語を組み合わせた語であることや,スポーツ関係の商品に使用される「POWER」の自他商品識別力と「WEB」及び「WAVE」のそれとの相違を考慮することなく,それぞれを構成する文字の共通性のみを強調することは相当ではなく,「POWER」と組み合わされた「WEB」と「WAVE」の外観上の相違を軽視することはできないというべきである。
そして,「POWER」と組み合わされた「WEB」と「WAVE」とは,語頭の「W」を共通にするのみであり,その他の文字及びその配列に共通性はない。
以上によれば,「POWERWEB」と「POWERWAVE」とは,外観において相違するというべきである。
したがって,本願商標と引用商標とは,外観において相違する。
イ 観念について
本願商標からは「力のある網」,「力のある網目」,「力のあるワールドワイドウェブ」程度の観念が生じ,引用商標からは「力のある波」,「力のある波動」程度の観念が生じるから,両商標は観念においても相違する。
ウ 称呼について
本願商標からは「パワーウェブ」,「パワーウエブ」,「パワーウエッブ」といった称呼を生じ,引用商標からは「パワーウェーブ」という称呼を生じるから,両商標の称呼上の差異は,「ウェ」に続く長音「ー」の有無のみであるか,あるいは,「ウ」に続く称呼が「エ」又は「エッ」であるか,「ェー」であるかのみである。
しかし,前記のとおり,「POWERWEB」は,「POWER」と「WEB」の2つの単語を組み合わせたものであり,「POWERWAVE」は,「POWER」と「WAVE」の2つの単語を組み合わせたものであることは,一般人にとって容易に理解可能であり,「POWER」,「WEB」,「WAVE」は,いずれも一般人にとって観念を容易に想起し得る単語であること,スポーツ関係の商品に使用される「POWER」の文字の自他商品識別力は,同じくスポーツ関係の商品に使用される「WEB」及び「WAVE」の文字の自他商品識別力よりも強いものとはいえないことからすると,両商標の語調語感は自ずと相異なる。
したがって,両商標は,称呼上類似はするものの,両商標を聞き分けることは必ずしも困難なことではない。
エ 両商標の類否
以上のとおり,本願商標と引用商標とは,外観及び観念において相違し,称呼上類似はするものの,両商標を聞き分けることは必ずしも困難なことではないこと,また,取引の実情として,外観や観念よりも称呼によって商品の出所を識別しているなど,称呼上の識別性が外観及び観念上の識別性を上回っているような事情は認められないことに照らせば,両商標は,外観及び観念上の相違が称呼上の類似性を凌駕するものというべきである。
したがって,両商標は類似しない。
(2) 被告の主張について
ア
被告は,両商標の外観について,「POWERWEB」と「POWERWAVE」は,文字数8文字ないし9文字のうち,印象に残りやすい語頭からの6文字を共通にしていることなどから,両者は外観において近似した印象を与える旨主張する。
また,被告は,最高裁判例を引用して,結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出して,この部分と他人の商標とを比較して類否の判断をすることは,原則として許されないと主張する。
しかし,前示のとおり,当裁判所は,本願商標と引用商標の類否判断において,商標全体の識別力について検討を加える中で,「POWERWEB」及び「POWERWAVE」がいずれも一般人にとって観念を容易に想起し得る単語を組み合わせた語であることや,スポーツ関係の商品に使用される「POWER」の自他商品識別力と「WEB」及び「WAVE」のそれとの相違があること等を認定判断しているのであって,それらを考慮することなく,それぞれを構成する文字の共通性のみを強調して類否の判断をするのは相当ではないとするものである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
イ
被告は,両商標の観念について,いずれも特定が生じない造語であるから,両商標は観念において明確に区別し得るものではないと主張する。
しかし,造語であるからといって,一律に一切観念が生じないということはできない。「POWERWEB」や「POWERWAVE」のように,一般人が容易に観念を想起し得る英単語を組み合わせた語については,これを構成する英単語からその観念を想起することは通常のことであるから,このような造語については,個々の英単語から想起する観念を組み合わせた観念を生じるものということができる。
したがって,被告の上記主張も採用することができない。
ウ
被告は,本願商標と引用商標との称呼上の差異は,第4音「ウェ」に続く長音「ー」の有無のみであり,両商標を時と所を異にしてそれぞれ一連に称呼するときは聞き誤るおそれがある旨主張する。
確かに,両商標の称呼は類似しているが,両商標を聞き分けることは必ずしも困難なことではない。
また,取引の実情として,称呼による識別性が外観及び観念による識別性よりも強いことなど,本願商標がその指定商品である「運動用特殊衣服,運動用特殊靴」に使用された場合に,引用商標との間で商品の出所に誤認混同を生じさせるおそれがあることをうかがわせる事情は認められない。
その他被告が主張するところを考慮しても,両商標が非類似であるとの判断は左右されない。
2 結論
以上によれば,原告の請求は理由があるからこれを認容する。
3、これから商標登録する際に
以上の様に、裁判所は本願商標と引用商標と類似しないと判断しました。
判決の中で、長音の有無しか違わない場合に非類似と判断されるポイントがいくつか挙げられます。
重要なポイントの一つは、両商標の単語が広く一般に普及している言葉であるか否かということです。
「WAVE」と「WEB」、どちらも現代日本では普通に用いられて入り、容易に区別できるといえるのであれば非類似に判断が傾くと言えます。
これにたいして、両商標が全くの造語である場合には苦しいかもしれません。
今回の事件では、非類似と判断されましたが、裁判まで行ってやっと非類似判断が下されたという点には注意が必要です。
この判決が下されたからといって、特許庁での判断がすべてこれにならうとは考えられません。
特許庁としては行政庁の公平な判断として、ある程度画一的に判断しなければならないからです。
今後も、長音の有無しか違わない場合には拒絶される可能性が高いと思われます。
その場合でも、どうしても商標登録したいという場合の参考例として、本判決を見ていただけたら幸いです。
この記事は知財高判平成24年7月19日(平成23(行ケ)10375)を元に執筆しました。