あたりまえですが弊所では恒常的に商標の登録可能性調査を行っています。
そしてご依頼いただいた案件中でも、調査を行うと登録性が微妙な案件も多々あります。
今回、ご紹介する事件も、弊所へ依頼があれば判断に迷うような事案でした。
商標登録は、登録を希望する商標と類似する商標が既に登録されていれば受けることができません。
しかし、たとえ類似しなくても他社の商標と混同を生じる虞のある商標はやはり商標登録を受けることができません。
ここで「類似」と「混同」の用語について、ごく簡単に言えば、
「類似」とは似ているか似ていないかということ、
「混同」とはその商品やサービスの提供主体を誤るか区別できるか、
ということです。
商標を専門とするプロなら「類似」するか否かは比較的判断しやすいのですが(もちろん判断に迷うときもあります)、「混同」を生じるか否かはその商標自体から明らかにはならず、業界の状況等のもろもろの周辺事情を考慮しなければならず、判断が難しいと言えます。
さて、前置きが長くなりましたが、具体的な事件についてみていきたいと思います。
1、商標登録の無効が争われた事件の概要
原告は「養命茶」という商標登録を持っていましたが、「養命酒」と混同を生じるとして無効審決(特許庁の判断)が下されたため、その判断の取り消しを求めて出訴したというものです。
2、商標登録の無効についての裁判所の判断
商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に使用したときに,当該商品等が他人の商品又は役務(以下「商品等」という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品等が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(以下「広義の混同を生ずるおそれ」という。)がある商標を含むものと解するのが相当である。
そして,「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知・著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(最高裁平成12年7月11日判決・民集54巻6号1848頁)。
そこで,本件においても,上記の見解に立って,商標法4条1項15号該当性につき判断することとする。
(1)
引用商標は,本件商標の登録出願時及び査定時において,被告の製造・販売に係る「養命酒」との薬用酒として著名であり,長期間,日本全国において,広く一般大衆に認識されていたことについて,当事者間に争いはない。
証拠によれば,1603年,信州伊那のAが,被告商品の起源となる薬用酒を創造し,これを「養命酒」と名付け,以来,その製造販売が継続されてきたものであるところ,同人の事業を継承する被告は,大正12年から全国に「養命酒」の名称で被告商品の販路を広げ,昭和27年からラジオによる広告宣伝を行い,昭和39年以降は,ゴールデンタイムに放映されるテレビ番組に著名人を使用したコマーシャルを提供し,各種雑誌,新聞記事,著書にも多数採り上げられ,その結果,テレビコマーシャルによる宣伝を中心に高い知名度を獲得し,平成24年8月に被告が実施した調査によれば,被告商品に対する一般需要者の認知率は95.5%であり,その著名性の程度は極めて高いものであったと認められる。
引用商標の外観は,前記第2,1のとおり,「養命酒」を漢字で横書きにしたややデザイン化された毛筆体から成るものであるが,一語一語は同じ大きさの同一書体である。
この構成中の「酒」は,普通名称としての酒(薬用のものを含む。)を示すものとして認識され,この「酒」部分の自他商品の出所識別力は乏しく,出所識別標識として支配的な印象を与えるものではない。
一方,引用商標中の「養命」の部分は,その漢字の意義から,「命を養う」との意味合いを生じさせるものであり,「養命酒」が薬用酒の中でも極めて著名なブランドとして通用していたことに照らすと,引用商標中の「養命」部分は,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。そうすると,引用商標が,「養命酒」として著名であって,「養命」として著名性を獲得しているものでないとしても,引用商標が一連一体の「養命酒」(ヨウメイシュ)としてのみ観念されるとはいえず,「養命」部分を基幹部分として認識するものと認められる。
したがって,「ヨウメイシュ」のほかに「ヨウメイ」との称呼も生じる。
他方,本件商標について見ると,漢字横書きの標準文字から成るものであって,本件商標中の「茶」の部分は,指定商品である茶飲料や茶を加味した加工品等において使用される際には,単に,指定商品そのものか,その加工品等の品質,性状を示すものと捉えられるのであるから,普通名称,あるいは,商品の品質,性状を示すにすぎないものであって,自他商品の出所識別力は乏しく,出所識別標識として支配的な印象を与えるものではない。
また,簡易迅速性を重んずる商品取引の実際においては,その商品に付された商標の一部分だけによって簡略に呼称,観念することがあるから,本件商標においても,「養命」部分を呼称,観念することもあり得るものである。
そうすると,本件商標は,「養命」の文字と商品の普通名称の文字によって構成されるものとして把握され,このような商標に接する取引者,需要者は,本件商標の全体をもって取引に資するほか,前半の「養命」の文字部分に着目することが少なくない。
したがって,「ヨウメイチャ」のほか,「ヨウメイ」との称呼も生じる。
そうすると,本件商標と引用商標とは,その基幹部分である「養命」において,外観上実質的に同一であり,称呼「ヨウメイ」においても同一の商標であるといえる。
そして,「養命」の観念においては,「養生」や「健康」を連想させる「命を養う」との観念が生ずるほか,後記のとおり,被告商品と関連性のある指定商品に用いられた場合には,極めて著名な薬用酒である「養命酒」と同一又は緊密な関係にある営業主の業務に係る商品との観念も生ずるものと解される。
以上によれば,引用商標及び本件商標は,冒頭の2文字を上記のとおり基幹部分といえる「養命」が占めるものであり,末尾に漢字1文字が付されたものである点で,外観上の類似性がある。
また,称呼について,「ヨウメイ」部分の称呼が共通しており,末尾に付された語も「シュ」と「チャ」で類似しており,全体としても近似した印象を与える。
さらに,引用商標は「命を養う酒」,本件商標は「命を養う茶」という観念が生じ,両商標とも「命を養う」飲料のイメージで共通し,上記のとおり,極めて著名な引用商標の基幹部分を含んでいることから,本件商標について,「養命酒」と同一又は緊密な関係にある事業主の製造販売に係る茶,あるいは茶風味のものといった観念が生じ,観念においても近似するといえる。
したがって,引用商標と本件商標は,類似しているといえる。
(2)
本件商標の指定商品等には,茶飲料,植物・穀物等を主原料とする混合茶などの飲料となるものが含まれる一方,被告商品は,薬草等を原料とする薬用酒であり,健康志向の飲料という点において共通しており,また,本件商標の指定商品のうちには茶を原料とする加工品が含まれ,健康維持に関心のある者を需要者層とするものであって,これらの商品は,薬局や,薬品を中心に雑貨などを取り扱うドラッグストアにおいて取り扱われる商品であるから,取引者層を共通にするものであって,本件商標の指定商品と被告商品とは密接な関係を有するといえる。
そして,これらの商品の購入者が,特別な専門的知識経験を有しない一般消費者であることからすると,当該商品を購入するに際して払われる注意力は,さほど高いものではない。
以上のとおり,本件商標は,引用商標の基幹部分である「養命」をその構成の一部に含むものであり,当該部分の自他商品識別機能が高いと認められる一方,「養命」部分の末尾に普通名称が付加されたにすぎないことに照らすと,前記のとおり,原告が取引者及び需用者を被告商品と共通する本件商標を指定商品に使用した場合,これに接した取引者,需要者は,極めて高い著名性を有する「養命酒」の表示を連想し,「茶」という飲料と合わせて用いられる「養命茶」とは,養命酒の姉妹商品として,被告の出所に係るものと誤認するか,あるいは,当該商品が被告との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信され,商品の出所につき誤認を生じさせるものと認められる。
そうすると,本件商標は,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれがある商標」に当たると解するのが相当である。
3、これから商標登録する際に
商標登録したい商標が、先登録商標と類似するか否かも時に難しい判断を迫られますが、混同は類似に比べて判断が飛躍的に難しいです。
ただし、「混同」が問題になるような著名商標との比較はある程度できるのではないでしょうか。
「養命酒」と「養命茶」が類似するか否かも微妙なところです。
もし、この依頼が弊所に来ていたとすれば、類似しないと判断していたかもしれません。
ただし、その際に「養命酒」が著名商標であるから、仮に登録できたとしても、無効審判や異議申し立てがあるかもしれないという点は必ず伝えていたことでしょう。
特許庁の審査官は両商標を非類似と判断し、裁判所は類似と判断したように類否で判断が分かれる類否の分水嶺の事案であったと思います。
裁判所は類似と判断したのならわざわざ混同について判示しなくてもよさそうなものですが、今回の事件では判断しています。
混同の判断要素は、上記判決で引用されている最高裁判決がリーディングケースとして用いられており、他の類似事件でも同じように引用されています。
判断の中身については、本判決を読んで字のごとくです。
裁判所での混同の認定の仕方がお分かりになると思います。
商標選択の段階では、あまりに著名な類似商標があるのであれば、できればその商標を避け、選定からやり直すことが望ましいのではないでしょうか。
この記事は知財高判平成27年10月29日(平成27(行ケ)10073)を元に執筆しました。