商標権侵害であるとの警告状が届いた場合の対応策として、これまでいくつかの事例と共に取り挙げてきましたが、今回はキャッチフレーズの商標登録と「商標的使用」について考えます。

1、「商標的使用」とは

商標的使用とは、その商品やサービスがどの会社が販売し、提供しているものかを示すものとして機能するように使用されているかを問題とするものです。
この商標の「その商品やサービスがどの会社が販売し、提供しているものかを示す」機能を出所識別機能(出所表示機能)といいます。
商標は、自社の商品・サービスと他社の商品・サービスとの差別化を図るためのものですから、出所識別機能を果たさないような使用方法であると「商標的使用」とは認められず、登録商標の効力が及ばなくなることがあるのです。

今回取り挙げる事件は、商標権侵害であると訴えられた被告による商標の使用態様が「商標的使用」に当たらないとされたものです。

2、具体例の商標事件の概要

原告は「塾なのに家庭教師!!」という登録商標を持っていました。
被告は、自社で経営する塾の広告に「塾なのに家庭教師」の文字を入れて配布していたので、原告は、被告の行為は、自社の商用権を侵害するとして、訴えたというものです。

3、商標登録についての裁判所の判断

まず、裁判所は被告が配布していた広告内容の全体像を確認します。
そして、広告には、
①「塾なのに家庭教師」の文字が書かれていること、
②ただし、その文字は被告の提供するサービスの説明のなかで用いられていること、
③広告の中には、被告の塾名やその略称がはっきりと書かれていること、
等を認定しました。

そのうえで、
『認定事実を総合すれば,被告のチラシに接した学習塾の需要者である生徒及びその保護者においては、チラシの「塾なのに家庭教師」の語は,チラシ中央部の集団塾の長所及び短所と家庭教師の長所及び短所を対比した説明文や,チラシ右側の「A(塾名)の特徴」の説明文などの他の記載部分と相俟って,学習塾であるにもかかわらず,自分で選んだ講師から家庭教師のような個別指導が受けられるなど,集団塾の長所と家庭教師の長所を組み合わせた学習指導の役務を提供していることを端的に記述した宣伝文句であると認識する。

他方で,その塾のサービスの出所については,チラシ下部に付された「A(塾名)」の標章及び「A´(塾の略称)」の標章から想起し,「塾なのに家庭教師」の語から想起するものではないものと認められる。

そうすると,被告標章が被告チラシにおいて役務の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告チラシにおける被告標章の使用は,本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。』
と判断しました。

4、原告の主張について

もちろん訴えた原告の側も反論します。
しかし、残念ながら裁判所には受け入れてもらえませんでした。

①原告の主張1と裁判所の判断

これに対し原告は,被告標章を構成する「塾なのに家庭教師」の語は,「塾であるにもかかわらず,家庭教師のように個別対応の懇切丁寧な教授を行うこと」を暗示する造語であって,役務の性質を,日常的には使用されることのないインパクトのある言葉で表現したものであり,被告の提供する役務の自他識別標識として機能するものであるから,被告による被告チラシ及び被告ウェブサイトにおける被告各標章の使用は,商標的使用に当たる旨主張する。

しかしながら,「塾なのに家庭教師」の語は造語であるが,前記認定のとおり,「塾であるにもかかわらず家庭教師」のようであることを示す語であるというにとどまり,「塾なのに家庭教師」の語それ自体から直ちに一義的な特定の観念が生じるものとはいえない。

そして,ある標章の使用が商標的使用に当たるかどうかは,その具体的使用態様にかんがみて判断すべきであるところ,前記で認定したとおり,被告チラシ及び被告ウェブサイトにおける被告各標章の具体的な使用態様に照らすならば,被告各標章は,被告の提供する「学習塾の教授」の役務の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

②原告の主張2と裁判所の判断

原告は,「塾なのに家庭教師」の語が,被告チラシにおいて,他の記述と区別された態様で「A(塾名)」の語と被告チラシの上下位置で対になるように使用され,あるいは,被告ウェブサイトにおいて,他の記述と区別された態様で「A´(塾の略称)」の語と並べて使用されることによって,需要者は,「塾なのに家庭教師」の語を「A(塾名)」あるいは「A´(塾の略称)」の語と結びつけて記憶するようになるのであり,「塾なのに家庭教師」の語は,これに接した需要者が即座に一定の出所を想起するように使用されていることは明らかである旨主張する。

しかしながら,被告標章は,前記のとおり,被告チラシにおいて,「A(塾名)」の標章等及び「A´(塾の略称)」の標章とは別の位置にそれぞれ離れて記載されているのであるから,需要者において,必ずしも「A(塾名)」等の標章又は「A´(塾の略称)」の標章と「塾なのに家庭教師」の語を結びつけて記憶するのが自然であるとまではいえない。

また,前記のとおり,学習塾の業界関係者,生徒及びその保護者の間においては,「A(塾名)」の標章は,被告が経営する個別指導方式の学習塾を表示するものとして著名なものとなっており,「A´(塾の略称)」の標章は,「東京個別指導学院」の略称として広く認識され,周知なものとなっていたことに照らすならば,むしろ,需要者は,「A(塾名)」や「A´(塾の略称)」の文字に着目して,役務の出所が被告であると認識すると解するのが自然である。

さらに,仮にこれらの語を結びつけて認識したとしても,前記のとおり,需要者は,被告チラシや被告ウェブサイトにおける他の記載部分と相俟って,「塾なのに家庭教師」の語は,学習塾であるにもかかわらず,自分で選んだ講師から家庭教師のような個別指導が受けられるなどの学習指導の役務を提供していることを端的に記述した宣伝文句であると認識し,その役務の出所については「塾なのに家庭教師」の語から想起するものではないものと認められる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

5、キャッチフレーズの商標登録についての教訓

キャッチフレーズのような商標は商品やサービスの採用を端的に表現するものとして分かり易く、商品の購入者やサービスの需要者が選択する際に自社商品等をアピールするのに非常に有効に働きます。
キャッチフレーズの有効性を意識して、キャッチフレーズを商標登録しようとする企業は増加の一途をたどっています。
そこで、今現在は登録が認められにくいキャッチフレーズの商標登録の要件を緩和する動きもあります。
しかし、キャッチフレーズは商品やサービスの内容を分かり易く端的に伝えようとするあまり、最初に述べた出所識別機能が無い態様で用いられることも多くあると考えられます。
このような場合には登録商標の効力が及ばないこともありうるということを、今回取り上げた事件は示しています。

これからキャッチフレーズを商標登録しようとする場合には、その登録商標の効力範囲に若干の注意が必要と言えます。
また、商標権侵害であると警告を受けた場合には、自社の商標の使用方法が「商標的使用」にあたるのか検討してみるのも対応策の一つとして有効であると思います。

 

 

この記事は、東京地判平成22.11.25(東京地裁平成20(ワ)34852)を元に執筆しています。